薄緑の姫君

瞬が沙織の頼みを引き受けた日の翌日の事。あまり天気もよろしくない。時計も十二時を指し、昼飯の時間だ。
星矢「紫龍・・・・・」
紫龍「何だ？星矢。」
星矢「このサンドイッチ食うの怖い。」
紫龍「味は悪くないだろうが。」
星矢「そうだけどさ、何か暗いものを感じるというか何というか。」
瞬「美味しくないの？星矢。」
星矢「そんな事はない。瞬の料理が美味いのは知ってる。」
紫龍「味の心配はないぞ。味見したし。」
氷河「はやく全部食え。二人の好意を台無しにする気か？」
星矢「いや。」
星矢がサンドイッチをほおばる。昼食のメニューはツナとハムとチーズのサンドイッチにヨーグルト。ルッコラとトマトのサラダ。そしてミネストローネである。サンドイッチとヨーグルトは瞬。サラダとミネストローネは紫龍が作った。
瞬「美味しい？」
星矢「美味しい。」
瞬「良かった。」
星矢（この状況で不味いと言えるのはシャカだけだ）
紫龍（確かに星矢の言う通りナーバスになってる分、腕のノリが悪いのは認めるが・・・・）
瞬「兄さん美味しいですか？」
一輝「勿論だ。」
氷河（昨日からさりげなく瞬の側にいるみたいだな。嬉しいような悔しいような。）
星矢（感謝するぜ一輝。ギリギリのラインを保てるのはあんたのおかげだ）
一輝（皆不自然なくらい瞬に気を使うな。それほどまでに瞬が怖いのか）
瞬「今日はエンジェルフードケーキ作るね。」
星矢「楽しみにしてる。」
瞬「うん。」
星矢（なんか緊張して味がわかんねえ）
氷河（ピリピリしてて気持ちが悪くなってきた。マーマの所へ行こうかな）
紫龍（昨日から肩がこって仕方がないな。灸でもすえようか）
大嵐を避ける為皆が皆瞬を気遣う。一輝というスーパーアイテムがあるがそれでも楽観は絶対にできない。昼食も終わり、全員でテレビでも見ながらくつろいでいた時
辰巳「瞬はいるか」
辰巳がやってきた。相変わらず見下したような態度だった。
瞬「はい。何です？」
辰巳「お嬢様からだ。」
辰巳が渡したのは薄緑のリボンがかかった白い箱。
辰巳「お嬢様が、瞬に渡せと。」
瞬「ありがとう。」
辰巳「お嬢様は後で来るそうだ。それにしても、瞬にピッタリの仕事だな」
ピキッと全員の心に亀裂が入る。ある者は悲しみの。ある者は恐怖と怒りの。
辰巳「女装してお嬢様を守るなんて、弱虫の瞬にピッタリの仕事じゃないか。泣いてばかりの瞬には女装がお似合いだ。女々しくって男っぽくないんだからな。」
ガコンと瞬が箱を落とした。顔をうつむかせる。そして、ポツッと雫が落ちたのを見ると、全員キレた。光速で辰巳に詰め寄る。
星矢「辰巳ぃ。キレたぞ俺達は。」
氷河「ぶっ殺す。俺は本気だ。」
紫龍「どの技がいいか選べ。ペガサス流星拳かダイヤモンドダストか鳳翼天翔か俺の廬山昇竜覇か。全部でも構わん。」
一輝「貴様は全然変わらないな。そういえばまだ幼い日のお礼をしてなかったな。今この場でしてやろう。」
鬼のような形相。怒髪天をつくとはまさにこの事。
辰巳「お前ら、何を言う。俺が瞬に言った事を何故お前らが怒る。本当のことを言っただけじゃないか。お嬢様に言いつけるぞ。」
氷河「構わん。月島由梨よりも殴りたいからな。」
星矢「しかもお前は男だからな。遠慮は要らないぜ。」
ボキッと星矢が腕を鳴らす。辰巳の顔から冷や汗が出る。
紫龍「誰から殴る？」
辰巳「紫龍。お前まで。」
星矢「辰巳、ここにお前の味方はいないぜ。」
沙織「そうですよ、辰巳。」
沙織が怒りの四つ角をつけ、毅然と下態度で登場した。
辰巳「お、お嬢様。」
沙織「あなたは思いやりというものを持ち合わせてはいないのですか？」
辰巳「申し訳ありません。」
沙織「私に謝ってどうするのです。謝るべき相手は瞬ではありませんか。」
辰巳「ですが・・・・」
沙織「自分がした事の責任すらとれないのですか？あなたは図体ばかり大きくても心は子供ですね。」
辰巳「ですが、瞬に謝るなど・・・・」
沙織「自分のプライドが許しませんか？そんなプライドなどクズです。捨ててしまいなさい。あなたはいつまで優越感を持つ気なのですか。命令しなければいけませんか？」
星矢「沙織さん。命令されてする謝罪なんて意味ないぜ。」
沙織「勿論です。そうしなければいけなくなるほど、辰巳が価値のない人物だと言う事です。辰巳、人間以下の存在になりたいですか？」
辰巳「いえ、そんな事は。」
沙織「ならば謝りなさい。」
辰巳「・・・・・・悪かった。瞬。」
沙織「もういいです、さがりなさい辰巳。即刻戻るのです。」
辰巳「は、はい。分かりました。」
辰巳は急いで部屋から消えていった。ホウと沙織がため息をつく。
沙織「本当にごめんなさい。ちょっと月島さんと電話をしていて辰巳に頼んだのが失敗でした。」
氷河「沙織さんが謝る事じゃない。」
星矢「あいつ、俺達をいびるのが趣味みたいなもんだしな。」
紫龍「昔、よくあいつにいびられたな。一輝は特に悲惨に。」
一輝「何故、あいつを側において置くんだ？」
沙織「おじい様が辰巳を私の付き人にしたのです。確かに腕は優秀でおじい様も辰巳を信頼していました。」
氷河「腕は良くてもな。まあ、秘書に心は関係ないか。殆どしゃべらんだろうしな。」
沙織「瞬・・・・・顔を上げてはくれませんか。」
瞬「沙織さん・・・・・」
瞬がゆっくりと顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。それが再び四人の心に火をつける。
一輝「瞬を泣かすとは許さん！」
氷河「紫龍、老師から天秤座の聖衣借りられないのか。」
紫龍「借りたいのは山々だが・・・流石に駄目だと思う。」
星矢「残念だ。今からでも殴りに行くか。あの謝り方じゃ腹の虫がおさまらない。沙織さん御免、殴りに行って来る。」
沙織の返事も待たず、四人は飛び出していった。瞬と沙織だけが残される。
沙織「ごめんなさい、瞬。」
瞬「いいえ、沙織さんが謝る事じゃありませんよ。」
瞬は涙をぬぐった。
沙織「原因は私ですから。瞬には嫌な思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい、あなたを泣かせてしまうなんて。」
瞬「泣くのは僕が弱い所為ですから気にしないで下さい。」
沙織「瞬は弱くなんかありません。ずっとずっと強いですよ。泣くのは当たり前です。泣かない方が変です。」
瞬「沙織さん。」
沙織「瞬は本当は嫌なのでしょう？嫌なのに引き受けてくれたのでしょう？辰巳よりもずっと強くて立派です。辰巳は命令に弱いですからどんな事でも言う事をきくのでしょうけど。バレリーナの服を着て、町内一周をしてこいと言われたらやるんでしょうね。」
瞬「クスッ。」
沙織「よかった、笑ってくれましたね。瞬、嫌ならもう構いませんよ。急用で出席できないと月島さんに言いますから。」
瞬「それは駄目です。月島さんは沙織さんに来て欲しいと言っているんです。行ってあげなければ可哀相ですよ。来てくれなかったら悲しみますよ。」
沙織「瞬・・・・・」
瞬「大丈夫です。沙織さんは僕がちゃんと守りますから。女装、やりますよ。」
沙織「瞬ありがとう。それでは着替えましょうか。」
瞬「もうですか？」
沙織「着替えに時間がかかりますし、この後私も着替えますから。」
瞬「分かりました。どこで着替えますか？」
沙織「瞬の部屋で。」
瞬「分かりました。」
瞬は落とした箱を手に持ち、沙織と一緒に部屋に行った。
沙織「瞬の部屋は綺麗ですね。」
瞬「星矢に比べたらそうかもしれませんね。星矢ったら漫画散らかしてばっかりなんですから。」
沙織「星矢らしいですね。」
クスッと沙織が笑う。
沙織「それじゃあ、着替えましょうか。私は部屋の外にいますから安心して着替えてください。」
沙織は部屋をでた。瞬は箱を開けた。箱の中には薄緑のドレスが入っていた。
沙織「瞬の綺麗な緑の髪に合わせたのです。未使用ですから平気ですよ。」
ドアを隔てて沙織の声が聞こえた。
瞬「はい。ありがとうございます。」
レッグ・オブ・マトン・スリーブで薄緑のセントコンシャスライン。瞬は服を脱いでそれに袖を通した。
瞬（肌触りがいいな。気持ちがいい。それにドレスのサイズが僕にピッタリだ）
沙織「着替えましたか？」
瞬「はい、とりあえず。」
沙織「もう入ってもいいですか？」
瞬「大丈夫です。」
沙織はカチャリとドアノブをまわし、部屋に入ってきた。
沙織「よかった。サイズがぴったりですね。瞬には何も飾らないシンプルなドレスがいいですね。」
瞬「誉めてくれてるんですか？」
沙織「勿論です。ドレスを着こなせるのは一つの才能なのですよ。」
沙織がニコッと笑う。瞬も笑い返した。
沙織「そこの椅子に座ってくれませんか？髪の毛もきちんと整えたいのです。」
瞬「いいですよ。」
瞬は椅子に座った。沙織は持ってきたメークアップボックスからブラシを取り出し、シュッシュッシュと瞬の髪にブラシをかける。
沙織「瞬の髪の毛は柔らかくて気持ちがいいですね。」
瞬「そうですか？」
沙織「ええ。絹糸みたいです。カールさせてるのでは勿体ありませんね。ストレートの方が綺麗です。」
沙織はメークアップボックスからヘアアイロンを取り出した。スイッチをオンにする。
シューッと音を立てながら、ヘアアイロンを走らせる。
沙織「熱かったら言ってくださいね。」
瞬「大丈夫ですよ。」
沙織「よし。これでストレートですね。綺麗ですよ。」
瞬「そうですか？」
沙織「はい。どこかの令嬢のようですよ。あと、唇が少々荒れ気味なので薄いピンク色のリップクリームをつけましょうか。本当は口紅も、マスカラもアイシャドーも持ってきているのですが瞬にこれ以上のお化粧は必要ありませんね。そんなお化粧をしてしまったら瞬の魅力が失せてしまいます。」
沙織が瞬の唇にリップクリームを塗る。唇がほんの少しピンクに染まる。
沙織「あと、この手袋とこの靴下。靴はこれを履いてくださいね。」
白いシルクの手袋と靴下。そして白い靴。
沙織「瞬にはハイヒールが似合うと思ったのですが、ハイヒールなど履いた事がないと思ったので、ヒールが低い靴にしました。つけてみてください。」
瞬が靴下を履き、手袋をつける。
瞬（サラサラしてて気持ちがいい。女の人ってこんな感触が好きなのかな）
沙織「これで完成ですね。綺麗ですよ、瞬。」
瞬「どうも複雑な気分ですが・・・・・」
沙織「でも、とても綺麗です。これなら男性だとは思いませんね。安心して会に出席できます。」
瞬「頑張って沙織さんをお守りします。」
沙織「頼りにしてますよ。さて、私も着替えなくては。流石に辰巳の事も心配になってきましたし。」
瞬「僕が泣いた所為で星矢たちがキレちゃったんだっけ。どうしよう。」
沙織「剣道三段の持ち主ですからそう簡単に死にはしないと思いますが聖闘士の技に耐えられるかどうか疑問ですね。」
瞬「疑問も何も勝てるわけありませんよ。僕、探してきます。」
瞬がドレスの端をつまんで駆け、ドアを開けて部屋から出た瞬間
瞬「わっ。」
誰かにぶつかりしりもちをついた。沙織が駆け寄る。
沙織「大丈夫ですか。」
瞬「大丈夫ですよ。沙織さん。」
瞬が立ち上がった。
星矢「お、お前・・・・・・」
瞬「あ、星矢。紫龍、氷河、兄さん。星矢、ぶつかって御免ね。痛くなかった？」
星矢「お前、瞬か？」
瞬「そうだよ。」
瞬がニコッと笑う。しかし、全員膠着状態を解かない。
瞬「僕が泣いた所為で皆怒って出て行っちゃったでしょ？大丈夫？辰巳を怪我させなかった？駄目だよ、聖闘士なんだから。」
沙織「辰巳を殴ったのですか？殴っても構いませんけど、ICU送りにはしないで下さいね。」
星矢「とりあえず、必殺技の万分の一の力で全員やったから、そうたいした怪我じゃない。」
一輝「俺はもっとやりたかったんだが、紫龍にとめられた。」
氷河「それにしても、変わったな、瞬。」
紫龍「俺も目を疑ったぞ。」
瞬「変？やっぱり。」
星矢「全然変じゃない。凄く自然だ。」
瞬「誉めてるの？それって。」
氷河「誉め言葉だ。髪までストレートで他人のようだ。」
沙織「美人でしょ。」
瞬「兄さん、どう思ってますか？正直に言ってください。」
一輝「・・・・・・・」
星矢「言葉もない・・・・か。」
瞬「いってきますね、兄さん。」
一輝「沙織さんを守れよ。」
瞬「頑張ります。」
星矢「おい、ケーキは？」
瞬「御免、作れなくなっちゃった。紫龍にでも作ってもらって。」
紫龍「俺はケーキは範囲外だ。杏仁豆腐かチーマーカオ芝麻球なら作れるが。」
星矢「中国のお菓子か。それでもいいか。」
紫龍「別に作らなくてもいいんだがな。」
星矢「御免紫龍。作って。」
沙織「では、いってきますね。留守番を頼みましたよ。」
瞬「いってきます。」
瞬と沙織はそろって出ていった。星矢達はリビングに戻り、ソファに腰を下ろすとヒソッと呟き始める。
星矢「美人だったな、瞬。」
紫龍「本当にな。まだ、十三だからな。」
氷河「あの姿を見れるのはいくつまでなんだろう。嬉しいような悲しいような。」
一輝「エスメラルダにドレスを着せたらあんなになるんだろうか。」
星矢「そうなんじゃないか？」
紫龍「あれほどの容姿を持つのも一種の才能だな。」
氷河「女にとっては羨ましい才能だな。」
星矢「それに、瞬には人を惹きつける魅力があるしな。包み込む暖かさもあるし。沙織さんの事だ。ボディーガードですだなんて絶対言わないぜ。」
紫龍「私の友人ですとか言ってそうだな。」
氷河「女性だけのパーティで良かったな。女装した姿で普通のパーティに出席したら、男がアタックしまくるぞ。」
紫龍「一輝、瞬の母親って美人だったのか？」
星矢「どう考えても城戸光政の血じゃあねえよな。」
氷河「そっちの血は俺達にも流れてるもんな。」
一輝「俺の母は美人だった。いつもニコニコして微笑んでて春の女神みたいにそこだけ空気が暖かかった。瞬はそんな母親と良く似ている。」
紫龍「男は母親に似ると幸せになれるというが・・・・」
氷河「その考えも砂上に立つ城というところだな。」
一輝「先刻瞬を見て母親と見間違えた。」
星矢「あの絶句はその為か。」
一輝「母は瞬が生まれた事をとても喜んでいた。いつも笑顔を絶やさなかった。その所為か瞬は全然泣かない子だった。いつも穏やかに微笑んでた。」
紫龍「想像がつくな。」
一輝「全然記憶になくても、心に植わっているんだろう。考え方、行動、表現が母とそっくりだ。今も母は瞬の心の中に生き続けている。」
星矢「いい話だな。そうだよな、知らないんじゃなくて覚えてないだけなんだよな。俺達の母さんは俺達を愛してくれてたんだよな。」
氷河「過去形を使う事はないんじゃないのか？」
星矢「そうだな。俺達にこの名前がついてる事が愛してくれてる事の証明だよな。」
紫龍（俺は俺を誰が産んでくれたのかすら分からない。春麗よりは恵まれているが覚えていたのは名前だけ。親との繋がりが一切なくて不安だったがする必要はなかったのだな。ありがとう星矢）
氷河「俺達も瞬の後を追わなくちゃ。外で待つと約束してたからな。」
一輝「とりあえず、着替えてからだ。尾行するのに相応しい服にしてこなくてはな。」
紫龍「では、各自部屋で着替えるとするか。」
青銅四人は各自の部屋でそれ相応の服に着替えた。月島財閥のパーティはもうすぐである。

あとがき
月島財閥のパーティまでもう少し。三部構想になっています。辰巳は星矢達に対して態度が大きすぎですね。どの方の小説を読んでも彼が優しいという設定になっているところは私が知っている限りありません。家電を買いに行こうの時も同じテーマで少々傷つけ気味だったのですが今回も瞬を傷つけてしまいました。ファンの方には申し訳ないと思います。最後の母親との思い出はそうだと思います。覚えてないだけなんですよね。子供に輝くや瞬くと名づけた瞬のお母さんがすばらしいと思います。星矢、星華。氷河、紫龍という名前も特別な意味をこめて命名したのだと信じています。春麗についてはまた別の所で書きたいと思います。さて、今回の裏シナリオですが、辰巳は全員に攻撃を食らわされ、全治半年の大怪我です。なかでも一輝と氷河の攻撃が凄かったです。紫龍がとめなければオーロラエクスキューションをお見舞いするところだった。紫龍は残念な事に理性があるのでとめる側に入りました。星矢は一発入魂だったのでスパッと決め、ストレスをすべて発散しました。自業自得。瞬が傷つく事で泣かせた罪は重いという事ですね。

　　　　　　　　　　BY　　MUTUMI