身代わり

瞬「本当に、大丈夫かな・・・・」
瞬（紫龍や星矢達が側にいてくれれば良かった。でもこの姿はなあ・・・・矛盾してるよね、これ）
何とパーティ会場は豪華客船であった。船名は桜花。何万人も収容できる大きな船だ。泊まれるようだが、今回は東京湾をちょっとでて遊覧するだけのものだから、夜の十時には東京湾に再び着くらしい。星矢達には、沙織さんのお使いで帰りが遅れるから夕食はいらないと電話で伝えておいた。星矢も大変だな、頑張れよ瞬。と言ってくれた。グラード科学研究所が作った超小型変声器の調子は最高だ。チョーカーに見えるが変声器で、声帯を外から直接刺激し、瞬の声を全て沙織の声に変えている。かつらも、沙織の髪からデータを取り作ったらしく、触り心地が人間の髪の毛のようだ。ドレスも胸が目立たないドレス。沙織の配慮によるものだろう。後はばれないか。ただそれだけである。
瞬「沙織さんに見えますか？辰巳。」
辰巳「もっと堂々としろ、瞬。お嬢様はそんな不安そうな顔をしない。」
瞬「不安な気持ちになるのも無理無いって。」
辰巳「それと、もっと気品のある言葉を使え。お嬢様なんだからな。」
瞬「分かりましたよ。」
背筋をピッと伸ばす。誰にも眼を合わさない様にしながら休憩用のソファに座っていた。しかし、こちらが目を合わせる気がなくても、沙織はグラード財団の総帥。周りからは輝くほど目立つ存在だった。
？？「久し振りですね、ミス沙織。」
瞬「え？あ、はい。」
瞬は思わず立ちあがった。辰巳に視線で助けを求める。
辰巳「お元気ですか、中川財閥の中川様。」
中川「元気ですよ、辰巳さん。」
瞬（ありがとう、辰巳）
瞬「元気そうで結構ですね。」
中川「ええ。このところ寒くなってますが、お加減はいかがですか？」
瞬「平気です。お洗濯する時は寒くてかじかむ時あるんですけど。」

中川「ミス沙織、ご自分で洗濯をなさるんですか？」

瞬（しまった！）
辰巳（このバカが！）

勿論普段はやらない。辰巳のような召使がやっている。
中川「意外に家庭的なんですね、ミス沙織。」
瞬「ありがとうございます。」

瞬（良かった。意外に好印象）
辰巳（瞬のバカが。お嬢様の品位が下がるだろうが）

中川「相変わらずお美しいですね。」
瞬「あ、ありがとうございます。」
中川「カラーコンタクトでもなさってイメチェンですか？美しいですよ、緑の瞳。」
瞬（そうだ。瞳だけは変え様が無くてそのままできたんだっけ）
瞬「ええ。今日この日だけですが。」
中川「瞳の色がその髪に良くお似合いですよ。」
瞬「あなたにそう言ってもらえると光栄です。」
？？「沙織さん、あなたがそんな隅にいるなんてグラード財団の総帥らしくありませんね。」
現れたのは、ジュリアンっぽい感じの男。中川と雰囲気が大差無い。
辰巳「お元気ですか、秋本様。」
秋本「ええ、元気ですよ。沙織さんに会えただけで元気になりますよ。」
瞬「そうですか。」
秋本「一緒にアレキサンダーでも飲んでくれませんか？」
瞬「アレキサンダーですか？」
秋本「ええ。あなたと飲み交わせる日が来れば最高なのですが。」
瞬「お酒は遠慮しておきます。まだ未成年ですし。」

瞬（遠まわしのプロポーズなのかなあ。いやだなあ、男に口説かれるの）

秋本「諦めませんよ、沙織さん。」

瞬（今日だけは諦めて！）

？？「やあ、お前ら早かったんだな。」
三人の男達が中川や秋本に近づいた。高貴な生まれなのは一目瞭然である。
辰巳「有栖川様、京極様、一条様。」
沙織の命を果たす辰巳。きちんと名前を教えてやる。
一条「やあ、沙織さん！お元気ですか？」
瞬「ええ。」

瞬（軽そうな人だな・・・・・結構ノリが良さそう）

京極「お前、少しは礼儀とか考えろよ。仮にもグラード財団の総帥なんだぞ。」

瞬（この人一条さんのお友達かな。何となくミロとカミュっぽい）

有栖川「あなた達といると飽きませんよ。城戸さん、騒がしくて申し訳ありませんね。」

瞬（礼儀正しいなあ。ムウみたいだ）

一条「今年もあなたに会えるなんて最高ですよ。な、雄介！光一！」
京極　中川「ああ。」
瞬「えと、どうもありがとうございます。」
有栖川「お二人共、城戸さんが困っていますよ。もう少しおとなしくなさい。」
一条「分かったよ。」
瞬「仲がよろしいのですね。」
有栖川「そうですね。京極と一条と私は幼なじみですし、中川と秋本はヨットクラブで知り合った友人だそうで。」
瞬「中川さん達とは何時お知り合いに？」
有栖川「以前お伝えしたと思いましたが、あなたの魅力にやられて知り合ったのです。」
有栖川がにこっと笑う。

瞬（聞かなきゃ良かった！怖気がしたよ。この人もまともじゃなかった！）

一条「沙織さん、顔色が悪いですね。」
中川「具合悪いのですか？」
瞬「いえ！ライト、ライトの所為です。」

瞬（これ以上僕に関わらないで！）

秋本「具合が悪いのならすぐ言ってくださいね。」
京極「私が誇る医師を即座に連れてきますからね。」
一条「雄介んとこの医者は超一流だもんな！」
有栖川「医療に力を入れてるだけありますからね。」
瞬「ありがとうございます。大丈夫です。」

瞬（遠まわしはするし、直接アプローチはするし、怖いよ、この人達）

一条「沙織さん、泣きそうな顔してますが・・・・・」
瞬「何でもありませんよ！」

瞬（どうしてあなたは僕の表情をここまで察するの！）

それは瞬が表情を顔に出しやすいと言う事と、偶然一条が心理学部に通っているからであった。
辰巳「ここに来る前愛馬の具合が良くなかったので不安なんでしょう。」
一条「沙織さんの愛馬が？」

瞬（ありがとう辰巳・・・・）

京極「獣医を沙織さんのお宅へむかわせましょうか？」

瞬（心の底から余計なお世話！）

瞬「結構です。少し、具合が悪いだけですから。」
京極「そうですか。はやく具合が良くなると良いですね。」
瞬「京極さんのお心、ありがたく頂戴致します。」

瞬（もう身も心もズタズタだよ・・・・・僕のほうがお医者が欲しい・・・）

それからも、沢山の男が挨拶に来て、瞬はその対応にクタクタだった。中には真面目なのもいるのだが、ムウにとっては何という事もないのだが、瞬にとってはわかる筈もない経済的哲学を語りだし、ますます神経をすり減らさせた。
瞬「た・・・辰巳」
男共が一応はけ、やっと一段落たった時だった。
辰巳「何だ？」
瞬「僕、もう・・げん・・・かい・・・」
よろよろと、パーティ会場をぬけだした。気持ちも悪かった。

瞬「ふー、気持ちいい。」
船のデッキにでて、潮風にあたっていた。人もそんなにいないし、自分の正体を気にすることも無かった。
瞬「財界のお坊ちゃんて皆ああなのかな？ジュリアンが特殊なのかと思ったけど、普通なのかな？」
じっと、手の甲を見た。
瞬「はあ。何で男の人にキスなんてされなきゃいけないの？手袋で良かったよ。」
そういいつつ、手袋を外す。そう、男の中では手の甲にキスをするのもいたのだ。沙織に扮しているので無下にすることもできなかったのだ。
瞬「これじゃあ、月島さんじゃなくても男嫌いになっちゃうよ・・・・・月島さんの男嫌い、案外あの男の人達に原因があるんじゃないの？」
盲目的にそう思う。カツカツとハイヒールの音が二人分聞こえ、令嬢と秘書らしき人が通りすぎていくのを背中で感じた。
チャリン
何かが落ちるのを感じた。
瞬「？」
振り向くと月をイメージしたイヤリングが落ちていた。
瞬「あの！」
持ち主が先ほど通りすぎていった人かと思い、呼びかけた。
？？「え？」
そして、その振りかえった人物は何と月島由梨だった。
由梨「城戸さん。」
瞬「つ、月島さん!?」
意外な人物に瞬は驚きを隠せなかった。
由梨「城戸さん、デッキにいらしたのですか。すみません気付かなくて。」
瞬「月島さんもいらしてたのですか。」
由梨「招待状が届きましたので。」
瞬「月島さん男嫌いでは？挨拶に来るでしょう？大丈夫なのですか？」
由梨「城戸さんはご存知ありませんでしたか？確かに月島主催のパーティは私の我侭を通し、女性のみです。しかし、男嫌いだからって、女性とばかりお付き合いしているわけではありません。女性だけの業界なんて存在しませんから。宴に招待されるのならば、喜んでいきますわ。その宴の招待客には男性も大勢いますが、それは私個人の問題ですからね。私が認める男性もいらっしゃいますよ。お仕事することありますし。男嫌いだからってわざわざ月島をまわりから締め出してしまう事は大変愚かな事です。」
瞬「凄い職業意識ですね。」
由梨「城戸さんだって、あれだけおもてになるのに、全員平等ではないですか。お仕事贔屓にすることもないし。同じことです。」
瞬「そ、そうですね。（なるほど、沙織さんらしい・・・・）」
由梨「でも、やっぱり男性は苦手ですから、男性が私に挨拶する場合は必ず秘書を通す事になってます。私から話しかける場合も秘書が必ず側にいますわ。なので大丈夫。」
瞬「と、なるとナンパはできない状況ですか。」
由梨「宴には招待しても、私の男嫌いを知らない男性はいませんよ。誰がするんですか。」
瞬「なるほどね。でも、月島さんと会えるなんて思えませんでした。」
由梨「このパーティは財閥と称される家ならば、必ず招待されますから当たり前と言えば当たり前ですけど。」
瞬「重要なんですね。」
由梨「勿論。普段会う事のない財閥と隔てなく話せる良い機会ですものね。私と城戸さんもこの宴で初めて会いましたね。お互い噂でしか知らなかったけれど、城戸さんご自身とお会いしたら、不思議と気があって。今も仕事でも私事でも仲良くしてくださって。本当にこの宴があってよかったです。」
瞬（なるほど。沙織さんが身代わりを立ててまで参加させようとしたのはこういうことだったんだ。単にナンパする、されるだけじゃないんだね・・・・）
瞬「えっと、こちらの方は・・・・・」
フォーマルスーツに身を包んだ女性。動作がきびきびとしててカッコイイ。
由梨「私の秘書ですわ。お忘れになってしまったの？」
瞬「（えっと・・・・何とか誤魔化さなきゃ）いえ。夜目ではいつもの秘書さんには見えなくて・・・・」
由梨「そうですよね。私も今の今まで城戸さんに気付けませんでしたからね。」
秘書「お久し振りです。城戸様。」
瞬「あ、はい。お久し振りです。（久し振りって何時の事だろう・・・・）」
沙織の仕事を殆ど知らない為、相槌をうつので精一杯だ。
秘書「辰巳さんはご一緒ではないのですね。」
瞬「少々疲れたのでここで休憩している間辰巳には男性方のお相手を頼んだのです。」
由梨「まあ、そうなのですか。おもてになるのも大変ですね。」
瞬（心の底からそう思うよ）
秘書「辰巳さんに伝えてくださいますか？」
瞬「はい。何ですか？」
秘書「次の秘書剣道大会では棄権は許さないと。」
瞬「はい？」
由梨「城戸さん、前回の秘書剣道大会では不参加でしたのよね。楽しみにしてる分がっかりしましたわ。」
瞬「秘書剣道大会って・・・・・」
由梨「毎年行われる大会じゃないですか。」
瞬「あ、そうですね。（一体財閥はどんな事を・・・・）」
由梨「城戸さん、どうかしたのですか？まるで初耳のような表情をなさって。」
瞬「え？そんな。」
由梨「あ、もしかして試合の通知なかったですか？」
瞬「か、かもしれませんね。」
由梨「なら、しょうがないですね。今年は是非闘って叩き潰したいとうちの秘書が言ってますから。」
瞬「た、叩き潰す？」
秘書「そうです。お嬢様におつかえして秘書剣道大会で初めて辰巳さんと会った時に、あの人は女が男に敵うわけ無いと、華奢で細腕の女が剣道三段の俺に敵うわけ無いと嘲笑いたしました。まだその時の台詞覚えてます。」
瞬（あの人ならやりそうだ）
秘書「私にも意地があります。あれだけバカにされて普通でいられる人間などいれる筈がありません。辰巳さんはどこか人の神経を逆なでする才能をお持ちの様で。」
瞬「誉められたものではありませんね。」
瞬（辰巳・・・・・物言いが凄いのは僕達にだけじゃなかったんだね・・・・）
秘書「ですので、あの時ブチ切れまして全治一ヶ月の大怪我を負わせてしまいました。」
瞬「あ、そうなんですか。」
秘書「大人気無かったと思います。城戸様にもご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。」
瞬「いえいえ。全然気にしてないので。」
瞬（辰巳が悪いんだもの）
秘書「辰巳さんがいないと思ったほど実力がでないんです。あの嘲笑が聞きたくないばかりに絶対に負けられないという気持ちが欠けている所為だとは思いますが。」
由梨「辰巳さんはライバルであり、恨みの対象ですものね。」
秘書「次の大会では、血沸き肉躍らせて待ってますので。」
瞬「はあ、こちらも楽しみにしております。」
由梨「そろそろ寒くなってしまったわ。」
秘書「ではラウンジの方にお戻りになりましょうか。城戸様はいかがなさいますか？」
瞬「あ、僕はまだここにいます。」
由梨「僕？」
瞬「い、いえ。私はまだ夜風に当っていたいので。」
秘書「お風邪をひかれませんように。潮風は体に悪いので。」
瞬「ありがとうございます。」
由梨「それではごきげんよう城戸さん。」
秘書に連れられて由梨はラウンジに戻っていった。
瞬「あの人のほうが・・・・・辰巳よりも仕事できそうだな・・・・・」
財界の一片を知った瞬であった。

その後、瞬はばれずに立派に沙織の代りを果たした。そしてパーティも無事に終り、車で帰路に着く。
瞬「ねえ辰巳。」
辰巳「何だ、瞬。」
瞬「月島財閥の月島さんって知ってる？」
辰巳「勿論だ。お嬢様のご友人だしな。」
瞬「じゃあ、その秘書さんって知ってる？」
辰巳「ああ、乾の事だな。」
瞬「乾さんって言うんですか。」
辰巳「乾がどうかしたか？」
瞬「秘書剣道大会に今度は出てくださいって。」
辰巳「あの女、まだ根に持ってるのか。」
瞬（やっぱり辰巳あの人の事悪く言ったんだ・・・・・）
辰巳「俺は正直に言っただけなのに、どういうわけか目の仇にしてくる。」
瞬「それって辰巳が悪いんじゃ・・・・・」
辰巳「お前に話す事じゃない。関係のないことだ。さ、着いた。さっさと降りろ。」
瞬「言われなくても降りますよ。（その上から見下げた態度が乾さんの逆鱗に触れるんだってば）」
辰巳「じゃあな。」
辰巳は車をガレージに戻しにいった。風が冷たくて無意識にポケットに手を突っ込んだ。
瞬「あ・・・・・れ？」
ポケットに、月のイヤリングが入っていた。
瞬「返すの忘れてたんだ。沙織さんに渡しておこう。」
このイヤリングが次の悲劇を生み出す事をまだ瞬は知らなかった。身代わりの夜はこうして幕を下ろしたのだった。

あとがき
瞬女装シリーズ第二弾めでたく終了です。ま、また悲劇がまっているようですけど。月島さんの業界生活についてちらっと語らせてみました。月島の為に、男嫌いでも、招待された宴にはでるんです。主催の場合は話は別。だから女装シリーズが始まったんだけど。ガードは結構固いですけど。秘書剣道大会は男女無差別です。女子代表が乾ですね。彼女の名前は勿論辰巳から取りました。共通点を持たせたかったので。由梨がでてくるなら彼女も少しは出るかもしれないな。あの沙織ぞっこんの男はああいう役周り以外でてこないのでご安心を。今回の裏シナリオ。瞬が由梨と話していた頃、辰巳はあの財閥の兄ちゃんと話していました。権威に弱いので、かなりへこへこしてます。誰にでもそうか。

　　　　　　　　　　　　　BY　　MUTUMI