究極の選択

グラード財団総帥城戸沙織は一枚の招待状を見てため息をついた。送り主は某大財閥のデザイナーブランドから。淡いローズの香る招待状。テーマはバラ。いかにもアフロディーテが好きそうなテーマである。沙織が気にするのはそんな事じゃない。もっと重大な事であった。美人な顔に皺を寄せ、ベストな解決法を考える。そして三時間考えあぐねた結果沙織は招待状を持って部屋を出た。

瞬「みんなー。おやつができたよ。」
瞬ができたてのケーキを持ってキッチンから出てくる。一番最初に現れたのは星矢。続いて氷河、紫龍と続き、そして最後に一輝が登場する。
星矢「美味そうだな、瞬。」
瞬「兄さんが久し振りに帰ってきてくれたから嬉しくって。」
星矢「今日は何ケーキだ？」
瞬「んっとね、デビルズフードケーキ。」
星矢「悪魔のケーキ!?」
瞬「濃厚なチョコレートケーキだよ。」
氷河「随分怖い名前なんだな。単なるチョコレートケーキなのに。」
瞬「でも、エンジェルフードケーキってケーキもあるんだよ。」
氷河「真逆だな。」
瞬「卵白を使った軽いスポンジケーキなんだ。明日はそれを作るね。」
星矢「一輝が帰ってくると食事が豪華で良いな。しばらくいてくれよな。」
一輝「打算的になるな。」
氷河「そう言うが、瞬の料理は美味しいぞ。」
紫龍「うむ。確かに材料は変わらないのに倍近く美味くなっている。」
瞬「そうかなぁ。」
瞬がケーキをサクサク切り、皿に乗せる。
星矢「それではいっただっきまーす。パクッ。美味しいぜ瞬。」
氷河「美味い。」
紫龍「うむ。濃厚だがなぜか飽きさせない。特別な材料は置いてないんだがな。」
瞬「よかった喜んでもらって。兄さんはどうですか？」
一輝「美味いぞ瞬。料理上手だな。」
一輝に誉められて、瞬の頬が薔薇色になる。実に嬉しそうだ。
星矢「もう一個良い？」
瞬「うん。どんどん食べて。」
瞬は全然食べないで次の一切れを星矢に渡した。
紫龍「俺にももう一つくれるか？」
瞬「甘いもの苦手なのに珍しいね。」
紫龍「今日のは特別美味しいからな。」
瞬「兄さんはどうしますか？」
一輝「せっかくあるのだから貰う。」
氷河「俺にもくれ。あと飲み物も欲しい。」
瞬「わかった。何か取ってくる。」
暖かな午後。五人は楽しい団欒を過ごしていた。そこへ、なにか決意したような沙織が訪れる。
沙織「こんにちは皆さん。」
星矢「いらっしゃい沙織さん。今お茶してるんだ。一緒にしない？」
沙織「星矢。瞬はどこですか？」
瞬「はい、ここです。」
アイスティの瓶を持ちながらキッチンから瞬が出てきた。
沙織「よかった。いてくれたのですね。」
瞬「勿論ですよ。沙織さんも一緒にいかがですか？僕が焼いたケーキなんで美味しくないかもしれませんけど。」
沙織「いただきます。」
氷河「沙織さん、どうかしたのか？、妙にピリピリしてる感じがするが。」
沙織「すぐ分かります。」
一輝「警備の仕事か？」
沙織「まあ、そんなものなのですが。」
紫龍「とりあえず、ケーキでも食べてから話しましょう。折角の瞬の手製なのだから。」
沙織「ええ。」
ようやく沙織はニコリと笑うと席についたのだった。

沙織「料理が上手なのですね、瞬は。とっても美味しかったわ。」
瞬「喜んでくれると光栄です。」
沙織「家のコックに匹敵するくらい美味しいですよ。」
瞬「いえ、本職の方たちに比べたら僕なんてまだまだ素人ですよ。」
一輝「それで？話とやらがあるんだろう？」
沙織「そうでした。うっかり忘れてしまうところでした。美味しい料理は時に困り者ですね。実は私のボディーガードをして欲しいのです。」
星矢「たいした事じゃないじゃん。俺達が沙織さんを守ればいいんだろう？」
沙織「勿論そうなのですが・・・・・」
紫龍「今回は何か問題があるのですか？」
沙織「ええ。」
氷河「何なんだ？通訳の事なら問題ないぞ。」
瞬「僕達、幅広く外国語話せますからね。誰かが話せなくても誰かでカバーできますよ。」
沙織「いえ、そういう事を危惧しているのではないのです。実は、今回の警備、瞬に・・・・お願いしたいのです。」
瞬「僕ですか？」
星矢「俺達は？」
沙織「残念ですがお留守番ということに。」
一輝「何で瞬だけなんだ？」
沙織「それは・・・・・・」
紫龍「それは・・・・・？」
沙織「瞬にしかできないと判断したからです。」
瞬「どうしてですか？」
沙織「本当に凄く悩んだのです。他に適任者がいる事を祈り、ずっと考えていました。ですが、どうしても瞬しか考えられなかったのです。」
一輝「前置きはいいからさっさと言ってくれ。」


沙織「瞬に・・・・女装をしてもらいたいのです。」


ピシッと空気が固まったような音がした。
一輝「今、なんと？」
沙織「二度、言う気はありません。」
星矢「本気で言ってる？沙織さん。」
沙織「本気です。」
氷河「おい、瞬！大丈夫か。」
瞬「だ・・・大丈夫だよ・・・氷河。ちょっと思いもしない言葉に衝撃が大きかっただけだよ」
沙織「本当に悪いと思っていますがひきうけてくれませんか？瞬。」
一輝「待った。その結論に至った動機と理由を説明しなければ俺は認めないぞ。」
沙織「これを見て欲しいのです。」
テーブルに招待状を置く。
星矢「ブランドアルテミス？」
沙織「ええ。私はここの財閥と親交を深めていました。何故ならば、そこの総帥は十五歳と若く、同性だったからです。その為、他の方よりも親しみやすく仕事で同席する事も少なくありませんでした。」
紫龍「それで？」
沙織「私はその方からその方がプロデュースしたブランドの新作お披露目会に招待されたのです。」
星矢「それがブランドアルテミスか。」
瞬「それって、月島財閥のことじゃあ・・・・」
沙織「その通りです。どこで知ったのです？」
瞬「有名な財閥ですし、前にテレビで見た事があります。わずか十五歳で月島財閥の総帥。その人がプロデュースしたっていうブランドアルテミスの特集を。月島由梨さんといいますよね。」
星矢「ああ、そういや見てたな俺も。綺麗だねって瞬が言ってたっけ。」
沙織「ええ。私も月島さんの才能に惹かれ、そのブランドの商品をいくつか持っています。」
一輝「で？何故瞬が女装をしなければいけなくなるんだ？別に構わんではないか誰が出席しようとも。」
沙織「それが・・・・彼女は大の男嫌いなのです。とにかく、月島財閥が主催するパーティでは男性は禁止なのです。」

紫龍「なるほど。だから、瞬に女装をしてもらってボディガードをしてもらいたいというわけか。」
沙織「ええ。グラード財団のボディーガードにはあなた達に頼っていました。ですが月島さんのパーティに男は禁止。今回パーティに誘われたのは初めてなのでこの様な事態を予想してませんでした。美穂さん、春麗さん、絵梨衣さんに頼むわけにはいきません。」
氷河「そうだろう。彼女達はボディーガードをする側ではなく、される側だ。」
沙織「聖闘士の中から選ぶという考えになるのですが、魔鈴さんもシャイナさんもジュネさんもどうも女性らしさとか気品があるとか優雅という言葉に少々欠ける気がして。」
紫龍「女性聖闘士はその言葉をまず第一に捨てたろうからな。」
沙織「かといって警備会社に依頼するのは不安です。」
一輝「どのような裏があるか分からんからな。」
沙織「あとは、女性と見紛う容姿を持つ聖闘士を女性にしたてあげようと考えたのです。ムウやシャカ、アフロディーテなどを考えていたのですが、重大な欠点がありました。」
星矢「それは？」

沙織「全員身長が高すぎるのです。日本人の女性で百八十センチ以上の身長を持つ人などいません。」

氷河「確かに。」
沙織「そうして行きついた結論が・・・・」
瞬「僕に女装をさせるという事ですか。」
沙織「百六十五センチなら許容範囲です。それに美人ですし。瞬なら、月島さんを騙しぬけると思ったのです。本当にごめんなさい瞬。傷つくと思いました。ですが・・・・」
瞬「分かりました。引き受けます。」
沙織「本当ですか？」
瞬「しょうがないですし、沙織さんを守れるのは僕しかいないのでしょう？なら、僕が女装して沙織さんを守ります。」
沙織「ありがとう瞬。本当にありがとう。それじゃあ明日、会に出席するためのドレスを用意します。くれぐれも風邪を引かないで下さいね。」
瞬「分かりました。」
沙織「恩に着ます。ありがとう瞬。」
瞬「いえ。」
沙織「それじゃ、用件も済みましたのでそろそろ帰ります。瞬、ケーキ美味しかったわ。」
晴れやかな笑顔を見せると沙織は退散していった。しかし、星矢達にとってはこれからが大変なのである。瞬の機嫌がまずどれほどのものかで出方が変わってくる。
氷河「瞬・・・・？」
瞬「氷河・・・・・」
氷河「深呼吸して落ち着けよ。」
瞬「うん。大丈夫だよ氷河。」
紫龍「ショックだったか？」
瞬「ちょっとね。沙織さんが、僕しかいないって言って頼ってきたのだから頑張らなくちゃいけないよね。」
紫龍「頼んだぞ瞬。俺達も外で待ってるからな。」
瞬「待っててくれるの？」
紫龍「俺達だけが安穏としてるのも嫌だからな。」
氷河「瞬、物は考え様だ。瞬はこのブランドが好きなんだろう？そのブランドの新作が早く見られるのだから運がいいと考えればいい。」
瞬「そうだね、氷河。」
星矢「じゃあ、昼寝でもしてこい。きっと財閥の事だから徹夜だぞ。今のうちにたっぷり寝ておけ。」
瞬「分かった、星矢。」
一輝「眠るまで側にいてやる。行くか、瞬。」
瞬「うん。ありがとう兄さん。」
瞬は一輝に連れられて寝室に行った。姿が完全にきえたのを確認すると、星矢、紫龍、氷河はため息をついた。
星矢「氷河、うまく瞬をかばったな。」
氷河「星矢も、瞬を昼寝させるなんてなかなかだ。」
星矢「嫌な事があったらまず寝るのがいいからな。」
紫龍「でもまさか、沙織さんがこんな事を頼む日が来るとは思わなかったな。」
氷河「月島由梨という女の所為だな。」
紫龍「殴りに行くなよ、氷河。」
星矢「でも、殴り込みに行きたい気持ちも分かるぜ。これから瞬の機嫌がどうなるか見当がつかなくなるからな。」
氷河「一気にネビュラストームまで行くかもしれんぞ。」
星矢「こえーな。よかった、一輝がいてくれて。いなかったら今の倍以上機嫌が悪いぞ。」
紫龍「一輝には弱音を吐くところを見られたくないだろうからな。さて、これから言動には注意しなくてはいけないな。」
氷河「そうだな。」
青銅三人が再びため息をつく。月島財閥のパーティまで神経を保っていられるだろうか。頑張れ、青銅。

あとがき
私は常々瞬には女装させたいと思っていました。そう思う人も少なくなく、女装という内容の小説をいくつか拝見しました。ただ、読んでしまい、パクリだと思われるのが怖く、どうやればオリジナルだと認められるかどうか不安でした。そこで、新しい財閥、月島由梨の存在を作り、彼女が男嫌いという事にし、沙織がしょうがなく瞬に頼るという設定にしました。これならば、まだ誰も介入していないオリジナルだと思います。オリジナルの人物はほとんど人に好かれないのですが我慢して御読みいただけると嬉しいです。

　　　　　　　　　BY　　MUTUMI