悪夢のセレナーデ

瞬「うん！良く出来た！」
瞬がにんまりと微笑む。瞬の眼前には美味しそうな薫り香るアップルパイ。
瞬「沙織さんに届けに行こうっと。」
エプロンをしたまま、瞬はアップルパイを手に取った。
瞬「あ、そうだ。この間月島さんの落したイヤリング渡さなきゃ。忘れちゃ駄目だよね。」
部屋に向かって机の引出しからイヤリングを取り出して沙織邸に向かう。もっと早くイヤリングを渡しておきたかったのだが、たまってた仕事を片付けるためにアテネだのイギリスだのと超多忙な日々を沙織は過ごしており、瞬は会うことなどできなかったのである。辰巳に聞いたところ、今日はその中の久し振りのオフなので、おやつ兼ねてイヤリングを渡そうと思っていたのだ。それが悪夢の始まりだとも知らずに・・・・・

沙織邸には女物の靴が端に揃えてあった。高級そうな靴である。靴には月のエンブレムが入っている。
瞬「お客さんかな。一緒に食べてもらおうかな。」
瞬はスタスタと沙織の部屋に向かう。そんな中、ピアノとバイオリンのデュエットが聞こえてきた。
瞬「綺麗な音色。沙織さんCDでも聴いてるのかなあ。」
扉が微かに開いていて音が漏れている。
瞬「沙織さん、綺麗な音ですね。」
にっこりと微笑みながら部屋に入った。
沙織「瞬!?」
驚愕したような顔をする。予想もしなかった事態に遭遇したようなそんな顔だ。
瞬「沙織さん？」
由梨「まあ、瞬さん！」
パッと視界をうつすと、バイオリンを持っている由梨の姿があった。
瞬「つ、月島さん!?」
由梨「お久し振りです、瞬さん！」
瞬「お久し振りです。（本当にこの間あったばっかりだね・・・・）」
沙織「瞬、どうしたのですか？」
瞬「あ、えとですね、アップルパイを焼いたので沙織さんに食べていただこうかなあと。」
由梨「？瞬さんはこの近くにお住まいですの？」
沙織「あ、はは。まあそうですね。」
瞬「凄く隣家なんですよ。」
沙織「そうなのです。その縁でとても仲良く・・・・・」
由梨「まあ、羨ましいですわ。そういえば、城戸邸のちょっと奥にもう一つ大きなお家がありますね。あれは？使用人さんのお家ですか？」
沙織「ん〜〜〜〜〜、まあそんなところではないでしょうか。」
由梨「そうなのですか。」
知らぬが仏。嘘も方便。
沙織「月島さん、折角ですから瞬の作ったアップルパイ一緒に食べませんか？」
由梨「ありがとうございます。嬉しいです。」
沙織「瞬、いらっしゃい。」
瞬「あ、はい。」
沙織は瞬との関係を知られてるばっかりに遠ざけるわけにも行かず、瞬を呼び寄せた。由梨はバイオリンを置き、ソファに座る。
瞬「それで・・・・今日月島さんは・・・・・」
由梨「今日お訪ねすると以前申したんですよ。バイオリンを持ってきたのは一緒に演奏でもしようかと思いまして。」
瞬「なるほど。（辰巳、知ってるなら教えてよ・・・・・）」
そう思いつつ、切り分けたパイを渡す。フォークでパイ生地はさっくりと切れて、とても美味しそうだった。
由梨「美味しい！」
沙織「本当。瞬、美味しいわ。」
瞬「それは嬉しいです。」
由梨「お料理上手なのですね。お家でも良くお料理をするのですか？」
瞬「はい。僕と紫龍で作ってるんです。」
由梨「しりゅう？」
瞬「・・・・・・・（どうしよう）」
沙織「瞬の兄ですよ。月島さん。」
由梨「お兄様がいらっしゃるのですか。」
瞬「ああ、はい。」
由梨「二人兄弟なのですか？」
その質問は青銅達には不可思議で満ちていて、普通口に出せない。百人兄弟で、そのうち九十人は死にました、なんて言えないだろう。正式には星華も含むのだから百一人だし。それに一輝瞬と星矢星華以外腹違い。
沙織「兄弟は多いのですけど、海外などで活躍してたりして・・・・瞬の側にいるのは四人ですよ。」
流石グラード財団総帥。何人とは言っていない。
由梨「兄弟が多いって良いですね。瞬さんは・・・・末っ子ですか？」
瞬「いえ、下から二番目です。」
由梨「そうなのですか。お兄様お優しいですか？」
瞬「ええ。とても。」
由梨「財閥のお仕事にお関わりでしょうか？」
瞬「まあ、時々は。」
にこにこと由梨は嬉しそうに聞いてる。由梨は一人っ子なので、兄弟が仲良くするのを聞くのが好きなのだろう。
由梨「あの、つかぬことを聞いて良いでしょうか。」
瞬「どうぞ。」
由梨「瞬さんってどこの財閥のご息女さんなんでしょうか？」
瞬　沙織（!!）
由梨「ご兄弟が多くて財閥に関わってて・・・・こんなに素敵なご息女もいらっしゃるし・・・・お父様はどなたでしょうか？」
瞬の父親は城戸光政である。血繋がってて、本来ならば子息だ。だが、言える筈ない。
沙織「あ〜〜〜、えっとですね。瞬の家は、事業は行っていないのですよ。兄弟達も海外でビジネスというよりは、情報とか武術とかそちら方面に多彩なので。瞬だけは財閥の大切なむす・・めですので、パーティなどに参加させてるのですよ」
由梨「そうですか・・・・・独特の理念をお持ちなんですね。素晴らしいです。」
さっきから全部沙織が答えてる事には全く気をつけていない。普通は変である。深く追求しないのが由梨のいいところだ。痛いところをついてはきているが。
由梨「私は運動関連は門外漢ですので、存じませんで申し訳ありません。」
瞬「いえいえいえ。気にしないでください。知らなくて当然ですよ。（知らないほうが普通なんだからね・・・・）」
由梨はほっとしたように微笑むと、少し思いつめたようになる。
由梨「・・・・・ちょっとお願いがあるんですけど・・・・」
沙織「何ですか？」
由梨「探し物をしてるのです。」
瞬（それって！まさか！）
沙織「探し物とは？」
由梨「イヤリングなんです。月の形をあしらった奴なんです。片方無くしてしまって・・・・」
瞬（やっぱり!!予感的中!!）
沙織「それは大変です。何時落とされたか覚えていませんか？」
由梨「恐らくこの間のパーティだと思います。城戸さん覚えていらっしゃいますでしょ？」
沙織「・・・・・・ええ。（詳細は分からないけど辰巳から聞く限りは）」
由梨「そのパーティで落としたんだと思います。船のデッキで落としていたら、多分海の中かも・・・・・」
沙織「大丈夫ですよ！きっとみつかります！ひょんなところからきっと・・・・」
瞬「あの・・・・・」
そっとイヤリングを差し出した。はっきりいってひょん過ぎる。
瞬「この間のパーティで・・・・・その・・・・・」
由梨「これです！これ！」
由梨がイヤリングを受け取った。
由梨「瞬さん！拾ってくれていたのですか!?」
瞬「はい。」
由梨「？あの日、私瞬さんとお会いしてませんね。どこにいらっしゃいました？」
瞬（・・・・・・どうしよう。あの日は沙織さんに変装してたんだよね・・・）
沙織「瞬は人酔いになりやすいので、よくデッキにいたのですよ。私はお相手の為に辰巳と中でご挨拶をしていましたが。」
瞬（沙織さん！その発言は不味い！）
知っている人なら分かるだろう。由梨も当事者の一人。流石に疑問に思わないわけなかった。
由梨「あれ？私デッキで城戸さんとお会いしたのですが・・・・その時瞬さんは・・・・？」
沙織（瞬、外にいたの!?）
瞬「僕、その時、ちょうど沙織さんと別れて客室で休んでいたんです。気分が優れなかったから。」
由梨「ああ・・・・・」
沙織（ありがとう、瞬！）
持ちつ持たれつの50、50であった。
由梨「私に一言おっしゃってくれれば良かったのに。僅差で惜しい事をしましたわ。お世話をさせていただいたのに。」
瞬（むしろ言ってくれなくてよかったよ。絶対いないもん）
沙織「・・・・はあ、申し訳ありません。」
由梨「それから体調はいかがです？」
瞬「人酔いですから、今はもう元気ですよ。」
由梨「良かったです。」
にっこりと微笑む。
由梨「瞬さん、イヤリング、本当にありがとうございます。」
瞬「いえ、でも本当に良かったですね。」
由梨「本当によかった。大事なイヤリングなのですよ。お礼をさせていただきます。」
瞬「いいですよ、お礼なんて。」
由梨「私の気が収まりませんわ。」
瞬「いいですよ。偶然ですから、僕が見つけたのは。」
由梨「いえ。是非させてください。そうでないと気が収まりませんから。」
沙織「瞬、月島さんがそうおっしゃってますから、ありがたく受けたらどうでしょう。これ以上断るのは失礼にあたりますよ。」
瞬「・・・・・そうですか・・・」
由梨「後日お家にプレゼントを贈りますわ。えっと住所は・・・」
沙織「私の家でいいですよ。瞬の家に近いですから。」
由梨「いいのですか？普通は直接・・・・」
瞬「いいんですいいんです！沙織さんの家に僕が行きますから。」
由梨「・・・・・・分かりました。城戸さんのお家に送りますね。」
自費で、治療費払うぞ！的におかしな発言であったが、何とかその場を丸く収めた瞬と沙織であった。


数日後・・・・
瞬「・・・・・流石。」
沙織「買うと総計二百万以上しますよ。」
瞬「僕が本当は女だったら、きっと喜ぶんでしょうね。」
沙織「そりゃそうですよ。女性なら望んで止まないブランドですから。」
由梨のお礼の品は、ブランドアルテミスの洋服２０点にバッグ、ハンカチ、アクセサリー数十点であった。どれも新品で新作の様だ。
瞬「・・・・・・・じゃあ、沙織さん受け取ってください。僕は・・・着れません。」
沙織「瞬が貰ったのを着て、月島さんにばれたら、もう話が作れません。預かると言う形にしましょう。」
瞬「よろしくお願いします。」

誠実過ぎるプレゼントに、やっぱりあの時断っておけば良かったと、少々後悔した瞬であった。




あとがき
瞬の女装シリーズ第三弾。今回は女装はありませんが。イヤリングがなければ、由梨に会わず、お礼もなかったのに。不良のするお礼とはまた違う意味で困るお礼でした。金額に相当すると凄く高価なんですけどねｖ

BY　　MUTUMI