ホワイトカップ

ムウ「貴鬼!!!!!」
アテナ神像まで揺れそうなムウの声が十二宮に響いた。彼はとてつもなく怒っていた。
貴鬼「ご、ごめんなさいムウ様〜」
ムウ「今度という今度は許しませんよ！あれほど言ったのに物を壊しましたね。」
貴鬼「そんなに価値のある物だったの？あれは。」
ムウ「まあ、いろいろありましたが、思い出のカップです。」
貴鬼「ごめんなさいムウ様。」
ムウ「買ってきなさい。これだけあげますから買ってきなさい。ですが、私の眼鏡に敵わないものだったら返品してやり直しです。いいですね。ああ、いくらお金が足りないからってゴミ捨て場から持って来たりおこもさんやったら破門ですからね。」
ムウは貴鬼にいくらかお金を握らせるとテレポートさせた。貴鬼が消えた時、サガが教皇の間からやってきた。
サガ「どうかしたのか？ムウ。あんな大声出して。敵か？」
ムウ「いえ。サガのところまで聞こえてしまいましたか。」
サガ「バッチリな。その所為で一つ報告書を汚してしまった。」
ムウ「それは申し訳ありませんでした。貴鬼がボール遊びをして壊してしまったのでつい。」
サガ「珍しいな。そんなに怒るなんて。温和で柔和に見せてるのが君ではないか。」
ムウ「どこか嫌味に感じますよ。シャカの魂がのりうつってますか？」
サガ「すまん。」
ムウ「まあ、いいですけど。」
サガ「で、何を壊したんだ？」
ムウ「ティーカップですよ。」
サガ「なるほど。マイセンか？セーブルも好きだが高いからな、そういうのは。しかも価値が高い。それを壊されたらムウでも怒るわな。」
ムウ「違いますよ。これがマイセンに見えますか？」
サイコキネシスで破片を浮かせながらサガに見せた。
サガ「マイセンの欠片も無いな。」
ムウ「勿論です。」
そう言ってカコンとゴミ箱に破片を突っ込んだ。
ムウ「サガはブランド指向でしょうが、私は丈夫で使いやすいなら別に何でも構いません。」
サガ「なら、何で怒った？別にどうでもいいじゃないか。」
ムウ「フッ。甘いですね、サガ。これはガラクタ市で手に入れた、奇跡のティーカップなのです。」
サガ「ほう。どんな秘密があるのだ？」
ムウ「ま、これを買うに至った原因はシオンにあるんですが、意外にも最高のティーカップでした。丈夫な上、一客二百ドラクマだったのです。」
サガ「安い！私のティーカップ何十個分だろう。」
ムウ「丈夫だし、綺麗だし、良く十五年もったものです。」
サガ「ほう、十五年。」
ムウ「まあ、買った時点で既に中古。確かお爺さんが言うには十八年使ったと言ってましたから累計は三十三年ですね。」
サガ「それだと奇跡だな。」
ムウ「さて、貴鬼は買ってきますでしょうか。」
サガ「いくら渡したんだ？」
ムウ「秘密ですよ。しかし・・・・」
サガ「しかし・・・なんだ？」
ムウ「ついああ言って追い出してしまいましたが、貴鬼に経済を吹き込むような事をしてしまったなと思うと今更ながら後悔が・・・・」
サガ「後悔は無駄だろう、恐らく。多分前教皇がムウの師匠となった時点で変えられない運命なのではないのか？」
ムウ「運命は変えられると思います。」
サガ「ムウの師匠じゃなくてうちの師匠なら良かったな。カノンがムウの台詞の百分の一でも言ってくれれば、思い残す事など何一つ無いのに。」
ムウ「私もカノンのあの滅茶苦茶なマインドを見習えられればどんなに嬉しいか。」
ムウ「この間手に入った最中があるのですが、お茶しません？」
サガ「ああ。」
ムウ「それではお茶の準備をしますね。」
戸棚から急須を取り出しながらお茶を始めた。三時のティーブレークだった。




貴鬼「ここって・・・・日本じゃないか！」
テレポート先はジャパン！日本であった。しかも新宿。
貴鬼「ムウ様、ここで買えって事なのかな。」
若者だらけ。貴鬼は服装も顔も浮きに浮きまくっている。
貴鬼「あ〜あ。あんなに怒るなんて。」
後悔時すでに遅し。後悔先に立たず。
貴鬼「ムウ様。いくらくれたんだろう。」
そっと手を開いてみる。
貴鬼「こ、これは！」
手の中には、五十円玉が一枚あった。
貴鬼「ムウ様！五十円でティーカップなんて買えるわけが無いじゃないか！」
それは正しい。この時世大不況。ティーカップが五十円で手に入る筈が無い。だがムウのやることに意味はあると思って、とりあえず、辺りを散策することにした。百円ショップに入ってみる。
貴鬼「百円かあ。二倍だよなあ。しかもティーカップなんて無いし。紙コップとかプラスチックコップはあるけど、そんなの買おうものならきっと火山大爆発だろうし・・・・それに買えない。」
諦めて百円ショップをでた。諸店を見てまわるが、五十円で買える筈が無かった。駄菓子なら四つは買えるのだが。
貴鬼「あ、あそこならどうだろう。」
貴鬼が目をつけたのはいかにも古臭い店。ここなら安いかもしれない。
貴鬼「こんにちはー」
店主「いらっしゃい。」
貴鬼「ティーカップありますか？」
店主「ティーカップは無いけどこれなら。」
そう言って意味ありげなボロ箱からだしたコップ。実はコップでは無くて沓型茶碗であった。
貴鬼「なあに？これ。」
店主「相当な掘り出し物だよ。」
貴鬼「掘り出し物？」
ピクッと耳が動く。
店主「ああ、そうさ。これは古田織部作の茶碗だ。こいつは戦国の武将だが、陶工に型紙を渡して作らせた物なんだ。鑑定書までついてる。」
貴鬼「おじさん！それいくら？」
店主「君のようなちびっこには買えないよ。ちょっと自慢をしたかっただけだから。ティーカップなら他へいって御覧。可愛い物がきっとあるよ。」
貴鬼「いいから。掘り出し物なんでしょ？ムウ様きっと喜ぶよ。で、いくら？」
店主「・・・・三十万なんだがね。」
貴鬼「三十万!?こんなボロが!?」
店主「ボロだからこそ価値があるんだ。ここのはそんなのばかりだよ。」
貴鬼「そうなんだ・・・・」
店主「またおいで。暇だから。」
貴鬼「またね。」
貴鬼は意気消沈して店を出た。
貴鬼「どうしよう。いっそバイトとか・・・・駄目だよな。絶対。きっと地面に沈めれる。どうすれば五十円でティーカップが買えるんだあ！」
最早ヤケであった。何でも良いから店を訪れ、片っ端からティーカップを見ていく。ムウに似合いそうなカップはいろいろあった。綺麗な柄の物。柄が両方についてる物。どれも素敵だった。が、どれも高かった。足が棒になるほど、新宿を飛び、東京を飛び、日本を探し回って数日。一つの結論が出た。
貴鬼「無い！日本には五十円で買えるカップなど無い！」
妥当な判断である。
貴鬼「どうすればいい？」
五十円を握り締めながら、新宿で休憩していた。日本全国北海道〜沖縄、果ては島であって、島でない島沖ノ鳥島、南鳥島などの日本の領地全てテレポートで渡った。しかし、無い！
貴鬼「お腹も空いたな。」
だが食べるわけにもいかない。
貴鬼「いいな、ヒュギは。食べなくてもお腹空かなくて。」
おなかと背中がくっつきそうである。そんな時
女１「今度外国行くんだ。」
女２「へえ、どこどこ？」
女１「ギリシャだよ。」
女２「何で？」
女１「一度行ってみたいじゃない、幻想的で。それに物価チョー安いし。」
女２「言えてる。」
女１「マナミも来る？」
マナミ「行く行く！有給とるよ。ルカは何時取ったの？」
ルカ「来週の三日と四日と五日だよ。」
マナミ「じゃあ私もそうするよ。」
ルカ「楽しみだね。」
OLらしき女が二人貴鬼の前を通っていった。
貴鬼「物価・・・・安い。ギリシャは日本に比べて・・・・」
頭でいろいろ計算をする。
貴鬼「ギリシャ！ギリシャだああ！これだけあればきっと買える！」
可能性を見出して、貴鬼は喜び勇んでテレポートをした。人目を考えなかったので、次の日朝刊に神隠しというタイトルで小さく載ってしまったのだった。

貴鬼「ギリシャでお金両替してもらったし、これでOK！」
両替をしたら百ドラクマちょっとになった。コーラ一本がせいぜいだが、日本よりまだマシな筈だ。
貴鬼「さてと、ティーカップティーカップ。」
ティーカップを探しに店を訪れようとしたとき、一つの張り紙が目に付いた。
貴鬼「定期ガラクタ市・・・・・あ、今日までだ！ガラクタ市、もしかするとティーカップあるかもしれない。」
張り紙の内容を漏らさずチェックするとガラクタ市に行った。ガラクタ市は百メートルと離れていなかった。
貴鬼「わあ、いろんな物があるな。」
全員シートをひいて、自分達が持ちよった物を並べている。中には妖しげな壷や、子供用ジャングルジムまで売ってる所もある。要するにいらなくなった物である。まあ、自分にはいらなくても他人には必要な物もある。何せ破格の値段なのだ。主義主張はあるが、ここに来る人物の場合、新品だろうが古品だろうが安けりゃ良いである。
貴鬼「ティーカップあるかなあ。」
ティーカップを見落とさない様にキョロキョロ見渡しながら店を歩く。
貴鬼「あ、あった。」
ティーカップを並べているお店を見つけた。店主は死んでるのか生きてるのか分からない爺さん。
貴鬼「お爺さん。」
店主「何だ？」
貴鬼「ティーカップ欲しいんですけど。」
店主「値段は書いてあるよ。」
なるほど。ティーカップの側に値札が置いてある。比較的綺麗なのから見ていった。
貴鬼「うーん。どれも三百ドラクマだなあ。二百も足りない。でも、もうここしかないよなあ。」
カップを手に取りながら呟いた。
貴鬼「これ、白い奴、なかなか良いかな。使い心地良さそう。でも・・・・値段が・・・・」
良いアイデアは無いか頭を使う。今までに無いくらい使って、一つの結論を出した。
貴鬼「お爺さん。」
店主「何だ。」
貴鬼「このティーカップ欲しいんですけど。」
店主「三百ドラクマだ。」
貴鬼「まかりませんか？」
最後の奥の手だった。
店主「まけろだと？」
貴鬼「俺、どうしてもどうしてもこのティーカップ欲しいんだ。だから・・・」
店主「何で欲しいんだ。」
貴鬼「これをあげたいんだ。」
店主「誰に？」
貴鬼「お師匠様。」
店主「こんなボロカップでいいのか？」
貴鬼「お金、全然無いんだ。百ドラクマしかないんだ。」
店主「苦労してるのか？」
貴鬼「そう大して苦労はしてないけど、今はちょっとしてる。」
店主「まだ小さいのにな。」
貴鬼「このティーカップ、俺の持ち金全部払うからくれない？」
店主「・・・・・いいだろう。」
貴鬼「本当!?」
店主「ああ。どうせ客もあんまり無いしな。売れるなら別にいくらだろうと構わん。」
貴鬼「ありがとう！」
店主「ほら、はやく持っていってやれ。」
貴鬼「うん！」
貴鬼は大事そうにカップを抱えるとムウの元に急いだ。五十円のカップをムウに渡すために。

貴鬼「ムウ様！」
ムウ「早かったですね。」
ムウは椅子で本を読んでいた。
ムウ「帰ってきたという事は買えたという事ですね。正直無理かと思ってました。」
貴鬼「はい、ムウ様。」
ムウ「どれどれ・・・・う！」
貴鬼が差し出したカップを見て絶句した。
貴鬼「ムウ様？」
ムウ「もしかして、ガラクタ市で買いました？」
貴鬼「はい！日本じゃ買えなかったからギリシャで買ってきました。」
ムウ「あなたもあの爺さんから買ったのですか？」
貴鬼「あなたもってムウ様も？」
ムウ「ええ。実は今回の罰はかつての修行内容でしてね、少ない金額を渡されてカップを買ってくるというものだったんです。私はアメリカに飛ばされましてね、言葉も通じず金も少量で、私は一ヶ月かけてハワイを含む全ての州をまわりました。けれども、買える筈がありません。二ドルありましたが、少々食事代に使ってしまいましたし。それで、やっと両替すればいいと知りギリシャに戻って両替をしたら偶然ガラクタ市をやってたんです。最後の望みをかけてそこへいったらあったんです。生きてるのか死んでるのか分からない爺さんからまけてもらって買いました。それでシオンに渡してやっと終ったんです。」
貴鬼「へえ、偶然だねムウ様。」
ムウ「ええ。」
貴鬼「合格ですか？」
ムウ「全く同じのを買ってきたのですから合格です。疲れたでしょう？」
貴鬼「少し。」
ムウ「お風呂を焚いておきますから沸いたら入りなさい。それと、食事も作りましょう。」
貴鬼「わあい。」
ムウ「それと、今日のは特別ですから。忘れる様に。」
貴鬼「え〜。俺の所為で壊しちゃって罰を受けたんだから忘れてしまうのはちょっとぉ。」
ムウ「忘れなさい。いいですね！私もこの罰は金輪際やりませんから。」
貴鬼「何故？」
ムウ「どうしてもです。」
貴鬼「はあい、分かりました。」
ムウは貴鬼を残して風呂を焚きに行った。
ムウ（シオン、これはあなたの呪いですか・・・・・何故ガラクタ市が重なるんですか。市は三年に一回しか無いのに。あなた、貴鬼まで私のようにさせたいんですか）
自分のやった事が偶然に思えず、亡き師匠シオンのあの世からの計らいなのかと疑いながら風呂を焚いたのだった。



あとがき
ムウ様守銭奴シリーズ第三弾。今回はあまり守銭奴ではなさそうですが、修行が守銭奴への道でした。シオンの呪いかはたまた偶然か。他にも守銭奴修行がありそうです。さてどんな物がこの先書かれるのか・・・・今回の裏シナリオ。サガが書いていた書類は事件報告書でインクがムウの怒声で垂れて汚くなったので実は心配がてら怒りに言ったのでした。でなけりゃ一番遠いところからきやしません。



　BY　　MUTUMI