神面獣心

「瞬、紫龍は？」
ジョギングから帰ってきた星矢はきょろきょろとリビングを見渡しながら尋ねた。
「五老峰に里帰りしたよ。」
その真意がわかるのか、星矢が笑って椅子に座った。瞬が茶をさしだす。
「美味い。」
「それはよかった。」
「紫龍はもっと美味しい茶を飲んでるんだろうけどな。」
「当然だよ。」
茶葉も最高級なら、淹れ方も最高級、それに加えて淹れてくれる人が国宝級なのだから瞬が敵うはずもない。
「あんなに春麗さん大事にするんだったらハーデスの戦いになんか参加しなきゃよかったのに。なんで春麗さんを傷つけるようなことすんのかな。」
やってることの矛盾がわからず星矢が零す。
「紫龍はシュラに見込まれるほどの聖闘士だもん。私事よりは忠義を選ぶでしょ。」
「やっぱ、これからも戦いが始まったら紫龍は戦いにでるのかな。」
「でると思うよ。」
「紫龍にとって春麗さんは二の次なのかなあ。」
「それはないよ。」
推測や希望を含んだ答えではなく、きっぱりと断言した答えに星矢は目をぱちくりした。そして瞬は予想もしない発言を続ける。
「紫龍は春麗さんの身に何か起こったら僕達を裏切るよ。」
「え、な、なんで。」
星矢は動揺した。一本木な紫龍が裏切るなんて考えたこともなかったからだ。瞬はそんな星矢を眉一つ動かさず静かに唇を動かした。
「紫龍は世界よりも春麗さんが大事だから。」
「嘘だろっ。紫龍は春麗さんをふりきってハーデスを倒しに聖域まで来ちゃったんだぞ。」
「春麗さんは無事で、世界が滅びかかってるならそっちを選ぶよ。でも、もし敵が春麗さんを人質にとったら、迷うには違いないけど敵に従うよ。」
「人質って、そんな敵現れるわけ・・・・」
そんな卑怯な神が現れるなんて信じられなかった。しかし、瞬は星矢の言葉の末尾をさえぎって否定した。
「わからないよ。現にハーデスはサガ達を利用しようとしてたしね。弱みを握って操ろうって考える神がいたって不自然じゃない。」
「サガ達でさえあんなに苦しんだのに、もしもそんなことが起きたら一体どうなっちまうんだよ。」
星矢は明らかに戸惑っていた。聖闘士になるきっかけは決して望んだことではないが星矢達は望まない戦いをしたことがない。ハーデスの戦いはアテナから勅命もでていたのに破ってまで参加した。心根がまっすぐで正直な為、したくないことを強要されることの免疫はないに等しかった。
「・・・・辛くないのか？」
愚問と知りつつも口から零れ出た。
「辛いと思うよ。死ぬことより辛いんじゃないかな。でも、愛する人の為なら選ばざるをえないよね。」
「仮にそうなったとしてあいつを説得することはできないのかな。」
背けない以上進める道は1つしかない。
「無理だよ。だって覚悟が違うもの。」
「覚悟って？」
「本当に春麗さんを守りたいなら、聖闘士をやめるか、巻きこまれることのない様に別れるよ。でも紫龍は聖闘士もやめずに、春麗さんも愛する道を選んだ。自分のワガママのせいで春麗さんの身を危険にさらしてる。絶対に傷つけるわけにはいかない。命を賭けてでも守るよ。」
「俺達を殺すこともいとわないのか？」
「躊躇するだろうね。でも、泣きながらでも殺すことを選ぶだろうね。」
恐らく瞬の言う通りだろう。そうでない場合のビジョンがまったく想像できない。涙が零れた。流れがとまることはなかった。
「僕達より春麗さんを選んで悲しい？」
「違う。」
「じゃ、うれしい？」
「違う。」
「じゃあ・・・・なんで泣くの？」
「わかんねえ。わかんねえよ。そういうことってあるだろ？」
「・・・あるね。」
瞬の目にも涙が浮かんでいた。悲しいロマンスを読んだ時の感動に似ているのかもしれない。ただこれは現実で、手放しで感動するほど明るいものじゃない。自分の思いが入り混じり迷路のような感情になって駆け巡る。


トゥルルルルル

電話が鳴った。号泣している星矢にはとれないだろうと目尻を指でなぞると瞬が受話器をとった。
「はい、もしもし。」
「瞬か？」
電話口からの声は紫龍だった。
「そっちはどう？春麗さん元気してる？」
ぴくっと星矢が動いた。
「ああ。」
「それよりどうしたの？」
「無事に五老峰についたって報告なんだが・・・」
「律儀だね。紫龍らしいよ。そんな時間あったら春麗さんと愛を育めばいいのに。了解。みんなにも伝えておくよ。それじゃ・・・・」
受話器を下ろそうとした瞬から光速でかすめとったのは星矢だった。
「紫龍！！」
「せ、星矢か。どうしたんだ。」
鬼気迫る声に驚きながら尋ねる。
「俺が敵なんか全部ぶっ倒してやるから！紫龍と春麗さんは俺が絶対守ってやる！お前を泣かせたり絶対しない！だから1人で抱え込むことだけはしないでくれ！」
電話口の向こうで紫龍が目をぱちくりさせた。まるで泣いているかのような、希う声だった。数秒の後優しい声音が聞こえてきた。沈黙は言葉の解読をしていたのだろう。
「何を考えたかは知らないけど・・・俺はお前を信頼している。1人よがりなことはしないよ。」
経緯を知らない紫龍の言葉はオウム返しのようにもとれたけれど、何故だかほっと安心した。
「約束だぞ。」
「ああ、約束だ。」
カチャンと静かに受話器を下ろした。
「ああは言うけど紫龍のことだから、きっと1人で抱え込もうとするよ？」
瞬が気にかけるのはよくわかる。お人好しで情に厚い彼は頼ろうとしないかもしれない。もしくは敵が頼ることを許さないかもしれない。
「けど、言っておくだけで違うだろ。俺にとっても、紫龍にとっても。」
「うん、そうだね。」
言葉はだしてこそ意味がある。星矢の晴れ晴れとした顔がそれを物語っている。瞬はにこりと微笑んだ。
「俺は、愛を弱みにして人を泣かす敵を絶対に許さない。」
「僕もだよ星矢。」
「あいつらが抜け出せないなら、俺が。俺が救ってやる。でなきゃ敵の思うツボだ。」
「敵はマリオネットが死んでも悲しみやしないものね。むしろ嘲るかもしれない。そんなこと絶対させやしない。」
「絶対地上も、そいつらも救ってみせる。」
「1人でがんばろうとしないでよ。僕もいるから。」
そんな日はできればこなければいい。けれど、こればかりはアテナにもわからない。だから、覚悟しておこう。覚悟しておけばどんなことも対応することができるから。強い意志をして目で互いにぐっと手を握った。


あとがき
季節というか、死にかけてるウォンレイに影響受けて書きました。ファウードの話になってからウォンリエには泣かされっぱなしです。ウォンレイが紫龍に重なりどうしても書きたくなりました。ウォンレイ（ガッシュ）を知らなくてもわかる小説です。ウォンリエも紫春も幸せでありますように。その祈りをこめました。久々にタッチの違う小説を書きました。シリアスにはやはりこーゆータッチがいいでしょう。動作の書き方は難しいですが、大好きな繊細な書き方もできるし、思いもよらないギャグを考える必要もないし、戯曲形式もノーマルタッチも一長一短ですね。タイトルは人面獣心のもじりです。意味は人の顔をしているが心は獣のような人。冷酷無情な人を罵る言葉です。兄さんと氷河がいないのは、ただなんとなく面倒だったから。瞬は一般人で愛する人がいない立場からの観点。星矢は一般人で愛する人がいる立場からの観点で描きました。なので瞬の方が冷静かな？


BY　　MUTUMI