感謝祭の挨拶は

アルベリッヒは大量の書類を持って、回廊を大きな足音を立てて歩いていた。向かう先はヒルダのいる部屋である。
アルベリッヒ「ヒルダ様！！！！」
ヒルダ「はい？」
見れば、そこだけ春がやってきたかのようになごやかなティータイムがあった。くらりと来たのは決して連日続く徹夜のせいではないだろう。
アルベリッヒ「ちょっと！！何一人でまったりしてるんですか！あと二週間で春の感謝祭なんですよ！」
ヒルダ「ああ、やっと春になるのですね。冬が終わるとなると少し寂しい感じがしますね」
アルベリッヒ「誰が感想を述べろと言いましたか！他にやることがあるでしょうが！」



ヒルダ「・・・・種まきとか？」

アルベリッヒ「ふざけんな―――！アンタは農婦ですか！」
ヒルダ「ああ、農婦にしては指がすべすべ過ぎますね」
アルベリッヒ「違う！」
ヒルダ「このすべすべな手は、一生懸命働いていらっしゃる方を踏み台にしている証。少々情けないものですね」
アルベリッヒ「違うと言っている意味が違う！反省しろなんて言ってない！」
春が近づいている所為なのか、会話がいつにもまして天然ボケである。
アルベリッヒ「アスガルドの地上代行者の挨拶文の締め切りはとっくに過ぎてるんですよ！！原稿！早くください！！！」
ヒルダ「大丈夫ですよ、当日になればオーディーンが私に話しかけてきますから」
アルベリッヒ「何度言ったらわかるんですか！それじゃダメなんですよ！アンタ！二年前の感謝祭覚えてますか！？そう言って、壇上にあがって喋り始めて、終わったの何時だと思います？日付が変わったんですよ！！俺がどんなに止めても話を止めないし、来賓は怒って帰るし、見守ってた近衛兵は軒並み風邪で倒れて労災を思い切りむしりとられて！どれだけトラブルになったと思うんですか！かと思えば、去年はたったの一言で終わるし！『春は酒が美味しい』ってどういうことですか！！天然ボケを通り越して狂ったかと思いましたよ！きちんと何をどうしゃべるか決めてくれないとプログラムの順序も狂います！なので！はやく原稿！」
とうとうと喋られて、流石にヒルダも事情を飲み込めたのか、ペンを持って机に向かった。ペンをクルクルとまわして、３分後・・・
ヒルダ「明日じゃダメですか？」
アルベリッヒ「ダメです！！」
ヒルダ「でも・・・今から感謝祭のことを考えるなんて今までやったことがなくて・・・」
アルベリッヒ「なら、これから考えてください！」
一喝されて、再び唸りながら執筆作業を行う。残りの仕事が大量にあるアルベリッヒはその時間を用いて、書類処理を始めた。
ヒルダ「・・・・これでどうです」
アルベリッヒ「意外と早かったですね。どれどれ・・・・」


『私の夢枕にオーディーンが立ちました。今年の目標は皆が元気であるようにと。素晴らしいお言葉でした。妹に聞いてみたら、妹も同じ夢を見たそうです。ただ、夢枕に立ったのはオーディーンではなかったそうで、林家木久蔵だったそうです』


アルベリッヒ「これは何ですか、冗談ですか、マジですか」
ヒルダ「一応、マジなんですけど」
アルベリッヒ「本当にあったんですか？」















ヒルダ「創作です」


アルベリッヒ「アンタの頭の中は本当にどういう構造になっているんですか！挨拶は普通でいいんです！誰もオチをつけろなんて言ってません！」
ヒルダ「ええ！？ダメですか、林家木久蔵」
アルベリッヒ「むちゃくちゃダメですよ！」
ヒルダ「・・・やっぱり円楽さんでしたか」
アルベリッヒ「違いますよ！円楽ならＯＫだとかそういう問題じゃなく！別に笑わせなくて結構です！これ読まれたら国民全員が大爆笑ですよ！国が揺れます、物理的に！」
ヒルダ「ボツ？」
アルベリッヒ「申し訳ありませんが、書き直してください！」
ハアとため息をつくと、ヒルダは机に戻った。ペンを走らせてからしばらくしてブツブツ呟く声がしたが、アルベリッヒは大して気を留めなかった。
ヒルダ「今度こそどうです！」
アルベリッヒ「なんか、意気ごんでますね。今度は期待できますかね」

『春の感謝祭、華やかで暖かい日差しに私の心知らず浮き立つ。
小川のほとりで小鳥のさえずりを聴き、大地が生きているのだと強く実感する。
※ああ、ありがとうオーディーン。我らがアスガルドの民はオーディーンに感謝する。
わずかな間ではあるけれど、春の恵みを頂こう」

アルベリッヒ「悪くないじゃないですか」
ヒルダ「そうですか。それはよかった」
アルベリッヒ「少し気になるんですが、この※はなんです？」
ヒルダ「リピートです」
アルベリッヒ「は？」
ヒルダ「あ、聞こえませんでしたか。リ・ピ・イ・ト」
アルベリッヒ「聞こえてますよ、バカにしないでください。そういうことではなく、リピートって・・・もしかして・・・これ、歌ですか？」
ヒルダ「ええ、そうですよ。はるの〜かんしゃさい〜」
アルベリッヒ「披露せんで結構です！どうして普通に作れないんですか！アンタは――――！」
ジークフリート「失礼します」
カチャリとドアが開く音がしてジークフリートがやってきた。彼もまた、春の感謝祭で走り回っているのである。
ジークフリート「お前の声、外まで響いてるぞ。ヒルダ様に何を言ってるんだ」
アルベリッヒ「まあ、いろいろとな。で、どうした。ヒルダ様に用事か？」
ジークフリート「いや、お前を探していた。春の感謝祭の警備についてなんだが・・・ん、なんだこの紙」
アルベリッヒ「ヒルダ様が書いた挨拶文だ。ひどいだろ」
ジークフリート「・・・・そうか？この『小川のほとりで小鳥のさえずりを聴き、大地が生きているのだと強く実感する』なんてところなんかいいじゃないか」
アルベリッヒ「歌だぞ、それ」
ジークフリート「歌！斬新で実に結構だな！」
アルベリッヒ「お前まで頭の中が花粉症か！？挨拶が歌だぞ！常識で考えてみろ！」
ジークフリート「いいんじゃないか？ヒルダ様の声お綺麗だし」
ヒルダ「ほら、ジークフリートはいいって言ってますよ」
アルベリッヒ「限りなく少数派です！」
ジークフリート「分からないじゃないか」
アルベリッヒ「分かるわ！」
ジークフリート「むっ、ヒルダ様、こやつに屈してはいけません！署名活動しましょう」
ヒルダ「ええ、たまには地上代行者としての意地を見せなくては」
アルベリッヒ「ちょ、なんだその展開！地上代行者の意地は別のところで見せてくださいよ」
ジークフリート「署名チラシは私に任せてください。では、善は急げです！」
ヒルダ「私も手伝います！」
アルベリッヒ「おい！お前俺に用があるんじゃないのか！」
ジークフリート「こっちが最優先だ！」
ダダダダと勢いよく出て行き、残ったのはアルベリッヒ一人だった。

それから、あのお気楽ご気楽はどこへ行ったのか、ワルハラ宮の３分の２の署名を集め、春の感謝祭の挨拶は歌でということが決定した。形で示された以上、最早反対はできなかった。決定してから彼がしたことは
アルベリッヒ「なあ、電話持ってたりするか？」
ハーゲン「は？何に使うんだ？」
アルベリッヒ「ま、いろいろとな」
ありったけの電話を執務室に繋ぐことだった。

そして、今日が春の感謝祭。どっかりと椅子に座る。そろそろあの歌が始まる頃だ。さて、どの電話が一番に鳴り始めるか・・・・・



あとがき
久しぶりのギャグです。フリーはなんとシリアスになって、近いうちまたギャグをすると日記に書いたかと思いますが、これでお約束を果たせたでしょうか。いつにもまして天然なヒルダです。いつもよりもアルベリッヒが怒鳴ってます。いつか血管切れそうです（笑）最初はもう少し別のストーリーを組みこむ予定だったのですが、挨拶文だけでストーリーが作れてしまいました。笑っていただけたら幸いです。


ＢＹ　　ＭＵＴＵＭＩ