焼きマシュマロの夜に

ハラハラハラと雪が舞い降りる。東京ではまだ見ることができない。音もなく降り積もるそれは、どこか心を穏やかにさせる。
「そんなところにいつまでもいると風邪をひくぞ」
声のした方に振り向いてみれば、腕を組んでいるアフロディーテの姿があった。
「すみません、つい見惚れてしまって」
「わからなくはないが、風邪でもひいたらせっかくの旅行にドロがつくぞ」
言い切ると踵を返し、コテージへとひっこんでいった。瞬もハァと手に息を吐きかけると、サクサクと雪道に足跡をつけてコテージへと戻った。コテージに入った瞬間、頬がほわっと温かくなる。自分では気が付いていなかったが、随分と冷え切っていたようだ。
「瞬、ココア飲む？」
貴鬼が湯気の立つマグカップを差し出す。
「うん、もらうよ。ありがとう」
コートについた雪をできるだけ払い、ハンガーにかけ、瞬はありがたくマグカップを受け取った。ソファに座り、両手で包みながら飲むココアはとても温かく、甘い。
「美味しい」
笑みがこぼれでる。彼らはグラード財団が経営しているリゾートのコテージに宿泊している。慰労の意味をこめてアテナが招待したのだ。彼らだけではなく、他のコテージには星矢もサガも魔鈴もいる。この３０１コテージには瞬とアフロディーテと貴鬼があてがわれたのである。なんとなく腑に落ちない組み合わせと思うだろうが、それはクジびきによって決められたからである。主催者アテナのほんの少しのちゃめっ気だろう。
「瞬、飲み終わったら温泉に行こうよ」
「いいね。ここの露天とても気持ちいいからね。アフロディーテはどうする？」
「行く。今日は雪見酒なんか悪くないだろう」
手ぬぐいなどいそいそと入浴の用意を始める。カチャリと冷蔵庫から日本酒をとりだした時、貴鬼がおねだりをした。
「ねえ、アフロディーテ。おいらにもお酒飲ませてくれない？」
「貴鬼は未成年だからダメだ」
アフロディーテは幼子のお願いをあっさりと切り捨てた。
「瞬には昨日飲ませたじゃないか！」
ぶうぶう文句を言う貴鬼に眉一つ動かさずに言う。
「お前は歩くリトマス試験紙だろ」
うっと貴鬼が怯む。どうやらアフロディーテに軍配があがったらしい。唇をとんがらせ、ぶつぶつ独り言を言いながらすごすごと戻る貴鬼に瞬はくすりと笑った。
「ここにはノンアルコールワインもあるからね、後で沙織さんにお願いしてみるよ」
「本当！？やった！！」
先ほどとは打って変わって笑顔を見せる。アフロディーテは腰に手を当ててため息をついた。
「アンドロメダ、甘やかしすぎだぞ」
「いいじゃないですか。大人のあなたにはわからないと思いますが、お酒への憧れって結構あるんですよ」
それはわかるが、とアフロディーテは心の中で思った。自分だって昔は子供だったのだから。
「アフロディーテはデスマスクと仲良いから、こういうことに頓着しないと思いました」
「まさか。酒はこんな毛も生えてないガキに飲ませるべきじゃない」
「へぇ、アフロディーテってマジメなんですね」
感心したように瞬が言う。マジメ・・・？いや、むしろ逆だ。貴鬼くらいの年頃、アイオロスとサガが飲んでいた酒に憧れて憧れて（今思うと、この二人もしっかりと未成年で酒を飲んでいた法律違反野郎なのだが）、デスマスクとシュラと三人で一瓶まるごと飲みほしたのである。翌日二日酔いになったのは言うまでもない。おまけにサガとアイオロスのダブル説教まで食らい、最悪だった。この経験が基で、アフロディーテは酒に関して慎重になるようになったのだ。
「さ、そろそろ行くぞ。早く行かないとこみそうだしな」
コートを着こみ、大浴場へ向かう。大浴場までの道筋には、いくつかのコテージがあり、団欒の声がもれる。
「楽しそうですね」
「・・・まあな」
４０２コテージは楽しいを通り越して迷惑なコテージである。声のみなので何ともいえないが、完全にオヤジ宴会になっている。酒瓶は十を超えていると踏んだ。マッチ売りの少女もこれを聞いてうらやましいとは思わないだろう。
「誰がいたっけかな」
瞬の問いに、貴鬼がぽつっと答えた。
「ムウ様」
外気のせいではない寒気が三人を襲った。
「今のうちにさっさと通り過ぎるぞ。帰りはここじゃない道で帰る。文句はないな」
「異議なし！」
ザカザカと雪をもろともせず突き進む三人だった。彼らは大浴場に着くまでけっして振り返らなかった。


「ふぅ、いいお湯だった」
アフロディーテと貴鬼が顔を上気させてコテージに帰ってくる。頬がほんのり染まったアフロディーテは見る人が見れば艶やかで色っぽい。
「使ったタオルはちゃんとタオル掛けにかけて乾かしておくんだぞ」
「は〜い」
アフロディーテの指示に素直に従い、貴鬼はとてとてと洗面所に向かう。アフロディーテも同じようにタオルなどを干し、ゆったりとソファに座った。まったりといい気分である。
「ねえ、アフロディーテ。トランプやらない？」
「断る」
こんなにまったりしてのんびりしていい気分なのに、ガキの面倒を見て神経をすり減らすなどたまったものではない。
「意地悪！」
「そういうお願いはアンドロメダに頼め。私がそういうことをしないのはわかってるだろうが」
取り付く島もない返答に貴鬼は少ししゅんとなった。
「・・・・じゃあ、暖炉に火をつけて」
アフロディーテは瞠目した。そういうお願いをされるとは思わなかった。言われて気づいたが、このコテージには暖炉がある。暖炉なんてギリシャにもそうそうない。厳かな雰囲気に暖炉の火はとてもイメージに合っている。
「わかった。つけてやる」
よっこらせと重い腰をあげた。貴鬼もやってくれるとは思わず、立ちあがった時は驚きの表情を見せていたが、すぐに顔をほころばせた。
「え〜っと・・・」
薪は暖炉の側にあった。火種を作り、火を熾す。炭だらけの冷たいレンガの暖炉は、ややもすれば、パチパチと火花を散らしながら燃える暖炉になった。
「熱い・・・・」
じーっと暖炉の火を凝視しながら言った。
「暖炉なんだから熱くて当たり前だろう」
と言いながら、アフロディーテも火を凝視していた。ガチャリという音がしたかと思うと急に背中が寒くなった。
「ただいま〜！」
振り返ってみると瞬の姿があった。小さな袋とワインボトルを抱えている。
「ほら、貴鬼。ノンアルコールワインもらってきたよ」
「本当！瞬！ありがとう！」
貴鬼がぱぁっと笑顔を見せる。瞬は寄り道をしてフロントに行っていたのである。さっき約束したノンアルコールワインを手に入れにいったのだ。
「ね、飲みたい飲みたい！いいでしょ？」
「いいよ。アフロディーテ、普通の赤ももらってきたから一緒にどう？」
「気が利くな。ワイングラス持ってこよう」
「おいらもワイングラスで飲みたいんだけど・・・・」
もじもじと尋ねる貴鬼に瞬は笑みで答える。
「うん、貴鬼も一緒のグラスで飲もうよ」
「うん！」
貴鬼は駆け足でキッチンへ駆けていった。
「寒かっただろう。ご苦労だったな」
「大丈夫大丈夫。で、さあ、聞いて聞いて」
「ん、どうしたんだ？」
「４０２号室がどこかに消えちゃった」
「・・・・・・え？」
「フロントからの帰り、４０２コテージの道を通ったんだけど、そこだけぽっかり地面が見えてるんだ。で、あるべき４０２コテージがないんだ」
そんな芸当ができるのは数えるほどしかいない。あの後、一体どういう経緯で彼の堪忍袋の尾が切れたのか、話せる人は・・・五体満足でいるだろうか？
「まあいい。ところでアンドロメダ。その紙袋は何なんだ？」
「ああ、フロントでもらったんです」
袋の中身をさぐってみると、ふっくらとよく膨らんだ真っ白なマシュマロだった。
「・・・酒のつまみか？」
「それもあるかもしれませんが、金串に通して、暖炉の火で焼きマシュマロをすると美味しいですよって言われました」
「そんなんやったことないぞ」
「僕もです」
ふにふにとマシュマロに触れる。柔らかいマシュマロを焼いたらどうなるのか想像もつかない。
「美味いのか？」
「フロントは美味しいって言ってましたね」
「持ってきたよーーーー！」
空気を打ち破るように貴鬼が戻ってきた。嬉しそうにグラスを三つ抱えている。
「あ、何そのマシュマロ！」
「暖炉の火で焼いて焼きマシュマロにしたら美味しいですよってフロントの方がくれたんです」
「すっごく美味しそう！ねえねえ、やろうやろう！」
何の疑いもない、興味に満ちた答えに、二人は思い悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「考えてもしかたない。やるか」
「そうですね」
苦笑して、金串にマシュマロを通す。
「はい、貴鬼の分」
「ありがとう！」
金串を手にし、暖炉の火にかざす。
「わぁ・・・・・」
マシュマロの表面がだんだん固く、茶色くなっていく。
「貴鬼！早くしないとこげちゃうよ！」
「わわわ！」
金串をすぐひっこめる。大丈夫だ。少し焦げてはいるが問題ない。貴鬼はあーんと大きな口をあけた。
「美味しい！！！」
表面のカリカリした触感。とろっとしたマシュマロの甘味。そのままのマシュマロを食べるのとは一味も二味も違う。貴鬼に触発されてか、二人も暖炉の火にかざし、焼きマシュマロを口に運んだ。
「美味しい！」
二人の言った言葉は一言一句同じだった。
「これ、すごく美味しいですね」
「ああ。マシュマロを焼くとこんなに美味しくなるのか。知らなかった」
「今まで知らなかったなんて、すごく損した気分です」
パクパクとすぐ食べてしまう。マシュマロ串はあっという間にただの串になってしまった。
「瞬、おいらもっと食べたい」
「いいよ。まだマシュマロいっぱいあるから」
貴鬼はすぐさまマシュマロをつけて焼き始める。瞬とアフロディーテも新しいマシュマロをつける。
「後を引くな。太るかもしれない」
「いいんじゃないですか、こんな時くらい。・・・あ、忘れてた」
金串をアフロディーテに預けてワインのコルクを抜き、グラスに注ぐ。
「ワインと一緒に飲まないと。ほら、貴鬼も」
とくとくとノンアルコールワインを注ぐ。見た目はまったくワインと
変わらない。
「ありがとう！なんか、大人って感じ」
えへへと笑う貴鬼に瞬も微笑返した。
「瞬はどっち？おいらの？それともアフロディーテの？」
「アンドロメダ、ちょっとこれ持ってろ」
アフロディーテに突然金串を二本押し付けられ、目を白黒していると、とくとくとワインを注がれてしまった。
「え、ワイン？ダメですよ。僕は未成年ですから」
「今日だけ特別だ。私だけワインなのは微妙に寂しいからな」
つつっと金串を引き抜き、ふっと笑う。
「じゃあ、一杯だけ」
微笑むとグラスの柄をそっと摘み上げた。
「焼きマシュマロの夜に乾杯」
チンッと高い音が響く。その夜の３０２コテージには温かい、マッチ売りの少女がうらやむような空気が流れていたのだった。


あとがき
111111のキリリクは後藤秋楽様が踏んでくださいました〜！！お題は「瞬君、アフロ、貴鬼の３人でほのぼのお出かけ」いかがでしょうか〜。お題を頂いた時は、うわぁ、すっごい珍しい組み合わせ〜と思いましたが、ネタが決まったらスルスルと書けました。すっごく楽しかったです。ノーマルモードなのでかなり繊細な作品になったと思います。きっと４０２コテージだったらとんでもないアホ物語になっていたでしょう（笑）作品では、４０２コテージにはムウ様しか明らかになっていませんが、デスマスクとカノンとミロがいる気がします。こいつらがいたら、女が三人集まるよりかしましい。焼きマシュマロは実際、私が旅行先で体験したことです。暖炉の火でマシュマロを焼いて食べる。本当にとっても美味しいです。みなさんもコンロか何かで試してみてください★後藤秋楽様、気に入っていただけたら幸いです。キリリクありがとうございました！！

ＢＹ　ＭＵＴＵＭＩ