白雲の甘い罠

陽射しがポカポカと暖かくなり、風は穏やかに流れ始めた。長かった冬がようやく終わろうとしていた。
「気持ちいいな」
ごろりと仰向けに寝転んでいた紫龍が呟いた。そうねと春麗が微笑む。先を見やると紅梅の姿が目に入った。まだ花は少ないが、春は確実にやってきている。
「やっぱり春はいいものだな」
「ええ」
冬の間は、散策など寒くてできない。外に出るのが億劫で、ついつい不精になってしまう。だから、紫龍と一緒に外出するのは本当に久しぶりだった。
「春麗、君も寝転がらないか。雲が流れる様がキレイだ」
優しい声音が響く。これは、春の訪れを喜んでいるのか、それとも隣にいるのが愛しい恋人だからか。春麗はコロンと寝転がった。
「本当、紫龍。キレイな青空」
澄み切った青に、ほわほわとして柔らかそうな雲が散らばっている。それが少しずつ少しずつ流れ、また新しい雲がやってくる。見ている空は同じなのに、刻一刻と変化する様が面白い。穏やかな沈黙が２人の間に流れていた。
「あ、大きな雲」
特大の雲がプカリプカリやってきた。
「柔らかくて美味しそうよね。雲がお菓子だったらいいのに」
「へえ、春麗もか」
くすっと目を細めて紫龍が笑った。
「・・・・どういう意味？」
「いや、星矢も、あのでっかい雲がお菓子だったら良いのにな。やべえ、食いきれる自信ないな・・・なんて馬鹿なこと言ってたからな」
「すみませんね、馬鹿なこと言って」
つん、と春麗が拗ねる。紫龍は不思議だった。同じセリフなのに、印象が違う。星矢が言った時は間違いなく、馬鹿だなと少々呆れたものだが、隣にいる彼女が言うと、
「いや、可愛いと思う」
「・・・・本当に？」
「心からそう思う」
他に誰もいないからか、素直に言葉がこぼれでた。急に周囲の音が大きくなったような気がする。その理由がわかっていたから、あえて聞いてみた。
「どうした？春麗」
「・・・・・馬鹿」
小さくこぼれでた春麗の頬は桃色をしているのだった。

散策を終え、春麗は夕餉の準備に勤しんでいた。包丁のリズミカルな音が響く。
「ただいま」
紫龍が畑から帰ってきた。どんな食材が採れただろう。包丁を置き、エプロンで手を拭き吹き、紫龍がいるであろう居間に移動する。
「おかえりなさい、紫龍」
「ただいま、春麗」
「畑はどうだった？いい食材はあった？」
「いや、そろそろ冬野菜も終わりみたいでな。今日は収穫はなかった」
「そうなの、残念だったわね。紫龍、お疲れ様。ゆっくり休んでて」
ねぎらいの言葉をかけ、台所に戻ろうとすると、
「ああ、ちょっと待て。春麗」
と、引き止められた。
「何？紫龍」
「代わりにクモをとってきた」
「え、クモ！？」
クモとはあの蜘蛛のことだろうか。ゲテモノなんでもござれの中国人だが、春麗はクモが好きなわけではない。食べないでいいなら、別に食べたいとも思わない。自然に顔が不安げになる。
「ほら」
思わず、身を縮めたが、
「紫龍、これ・・・・・」
差し出されたものは、ふわふわで柔らかそうな雲だった。
「食べたいって言っていただろう？」
にこりと笑うと、紫龍は雲をちぎった。
「甘いぞ」
そう言って口元にさしだす。春麗は口をあけた。口に含んだ途端、雪のようにとろけていく。
「美味しい・・・・」
「飴細工とはまた違った味わいだろう。もう一口いるか？」
コクンと頷くと、また雲をちぎった。今度は少しばかり小さい。雲を持った紫龍の指が春麗の唇にあてがわれる。
「・・・・・・・」
心臓がトクンッと鳴ったようだった。飴細工だったらこんなことにはならなかっただろう、あるいは雲がもう少し大きかったら。雲は春麗の唇に到達した途端、春麗の意思と関係なく、シュルシュルと溶け消え、紫龍の指先が春麗の唇に触れてしまったのだ。
「・・・・・・・」
時が止まったように、２人は微動だにしなかった。我に返ったのは、数十秒も経ってからだった。パッと、逃げるように紫龍の指が離れる。
「・・・・・・・」
妙に意識してしまって、もう一口食べるかなど言えなくなってしまった。それは春麗も同じことで。
「あ、お、お料理の途中だから、戻るわね。それじゃ」
脱兎のごとく、春麗は台所に戻ってしまった。急に静かになり、ほっとしたような、何やら寂しいような、そんな不思議な気持ちが入り混じった空間で、紫龍は残りの雲を眺めた。小腹も空いているし、何気なく雲をちぎり、口に運んだ。
「・・・・・っ！！」
指が口に触れる直前で、反発するかのように手が離れた。
「おいおい・・・・」
自分自身に反応してどうする。意識しすぎだ。心の中でそう呟く。指をみつめ、それから雲をみつめた。
「星矢の言うとおりだな」
クスリと苦笑した。
「食いきれる自信がない」





あとがき
130000番を踏んでくださったのは天野瞬様でした〜〜〜！！お題は「あまあまな紫龍春麗」でした。紫龍×春麗も久々ですので、はりきって書かせていただきました！この２人はやっぱり良いですね！雲はモチロン、わた飴のことですよ★裏設定的に、野菜をとる振りをして、実は、わた飴を買いに出かけていたというものがあります。わた飴を買うほうが目的、みたいなね。このネタは、ワン○ースのチョッ○ーがデザインされてる、わた飴を食べた時に思いついたものです。わた飴って体温ですぐ溶けるから、唇にあてると、それだけでとろけて消えてしまうんですよね。ぜひ、使ってみたいと思ってました。紫龍春麗で使えてハッピー♪夕食はどんな風景になるかは皆様でご想像ください。万年新婚さんで、ツーカーでも、たまにはこんな刺激のあることもいいですよね★気に入っていただければ、幸いです。


BY　　MUTUMI