王様の命令

星矢「正月もこの日になっちゃうと暇だよな〜」
星矢がソファにもたれて大きく欠伸する。正月。青銅達でおせちを食べ、お重も空になる一月六日であった。
一輝「明日は七草粥だろう？」
星矢「俺の胃袋は疲れてないぜ。別に粥なんて食わなくても平気だよ。」
氷河「最近は随分胃袋に詰め込んだ気がするが。」
一輝「初詣の帰りに屋台でそうとう金つかっただろう。」
全員で着物を着て近くの神社に初詣に行った。一日ということもあってぎゅうぎゅうに混んでいて、お参りをしてお御籤を引いて我に返ると着物が着崩れするという事態にもなったが、トイレで直し、体勢を整えた後空腹を満たすために神社の道路の脇に陳列していた屋台に足を運んだのだった。
星矢「ヤキソバにフランクフルトに綿飴にチキン。美味かったなあ。」
一輝「もっと食っただろ。」
氷河「食い過ぎだと思うぞ。」
星矢「成長期成長期。心配無い。ん？クンクン。」
ヒクヒクと星矢が鼻孔を動かした。
氷河「どうかしたか？」
星矢「香ばしい匂いがするんだけど気のせいか？」
一輝「そういえば、キッチンの方からするな。」
星矢「おやつかな。何作ってるんだろ。」
興味津々でキッチンのドアを凝視する。
瞬「皆〜」
バーンとドアが開いて、大量の香ばしい香気がすると共に、瞬と紫龍が何かを持ってやってきた。
瞬「ガレッド・デ・ロアやろう♪」
星矢達に近づく。
星矢「ガレッド・デ・ロア？何だそれ。ケーキ？王冠のってるぞ。紙製みたいだけど。」
瞬「うん！ヨーロッパではね、今日この日に王冠を乗せたケーキを食べるんだ。」
紫龍「ケーキの中には何かが入っていてな。ケーキの中に入っているそれを見事手に入れたものは一日王様となって好きなことを命令できるんだ。」
氷河「面白そうだな。」
星矢「王様ゲームの元祖ってところか。」
瞬「そうそう。一度やってみたいと思って、紫龍と一緒に作ったんだ。ね、やろう？」
氷河「既に作っておいて誘う事も無いだろ。」
星矢「やろうやろう。」
紫龍「一輝もやれよ。」
一輝「分かったよ。」
瞬「じゃ、切るよ。」
サクサクサクとケーキを切断する。瞬と紫龍が作っただけあってとても美味そうだ。コキールの形をした皿に乗せて、順番に手渡していく。
瞬「王様の命令は絶対だからね。」
紫龍「王様の証は、ケーキの中に入っている指輪だ。」
瞬「では、いただきまーす。」
宝捜しでもするように口にケーキを入れてモゴモゴさせながら食べる。
星矢「チェッ。入ってなかったぜ。」
氷河「俺もだ。」
一輝「俺も。」
瞬「あ！あった!!」
瞬がケーキをほじって指輪を出す。
紫龍「じゃあ、俺にもないな。」
瞬「やった！僕が王様だ！」
星矢「卑怯な事してないよな。」
瞬「してないよ。流し込んでから埋めたんじゃなくて、流し込む時にタネの中に入れてから流し込んだからどこに入ったかなんて分からないよ。」
星矢「なら、いいけどさ。」
氷河「瞬が王様だな。この王冠かぶれ。」
瞬「うん♪」
のけておいた王冠をかぶる。
紫龍「で、王様。命令は何でしょうか？」
瞬「僕・・・・兄さんの料理・・・食べたいな・・・・」
星矢「オーダー!!兄さんの手料理―」
人気番組をパクって星矢が叫んだ。
一輝「俺の料理か？」
瞬「うん。兄さんの料理、食べたこと少ないもの。」
氷河「一輝の料理か。俺、興味あるな。」
瞬「美味しい兄さんの手料理が食べたい。王様の命令だよ。」
星矢「逆らえないからな。」
一輝「別に逆らう気は無い。瞬、何が食べたい？」
瞬「何でも良い。兄さんが得意だと思ってる料理が食べたい。」
一輝「分かった。」
瞬「どうせなら、皆の分も作ってあげて。兄さんの料理、皆にも食べてもらいたい。」
一輝「王様の命令だな。良いだろう。」
紫龍「冷蔵庫には結構材料あると思うが足りないのが合ったら買って構わない。」
一輝「分かった。」
瞬「フフッ。楽しみ♪」
心から嬉しそうに瞬が呟いた。夜が来るまで瞬の機嫌は最高潮だった。

星矢「どうだ〜、一輝。」
興味があるのか、星矢がキッチンにやってきた。
一輝「星矢か。」
瞬のエプロンを借りて忙しそうに一輝が料理を作っていた。
星矢「手際良いな。」
一輝「これでも昔は瞬に料理を作っていたんだ。出来ないわけは無い。」
星矢「良い兄さんなんだな。」
一輝「お前に言われると少し照れるな。」
ポリッと頬をかいた。
星矢「何作るんだ？」
一輝「瞬が好きな肉じゃがと豚肉のゴマ焼き。ホウレンソウのお浸しに味噌汁に銀シャリだな。」
星矢「美味そう。」
一輝「美味いぞ。」
一輝が一センチの角切りにしたじゃがいもをいれた。
星矢「何だ、そのじゃがいも。」
一輝「問題あるか？」
星矢「小さいじゃん。ふつう四つ切にした奴を煮こむんだろ？」
一輝「瞬はお前らに遠慮してるんだな。」
星矢「何が？」
一輝「瞬はじゃがいものホクホクしたのが嫌いだ。だから、肉じゃがの場合はグスグスにして出汁に染みこませて食べるんだ。」
星矢「そういえば、瞬は肉じゃがの時箸でじゃがいもを突っついてチビチビ食ってたっけ。」
一輝「今日は瞬の為に作るのだから瞬の好みに作る。最初からじゃがいもは小さくしておく。」
そう言ってグツグツと煮こんだ後、一輝は肉じゃがの鍋に大量の砂糖をいれた。
星矢「だああ！何やってるんだ！」
一輝「砂糖を入れたんだが？塩じゃないだろう？」
星矢「何で砂糖いれるんだよ。瞬の甘いのが好きってのは知ってるけど、あんまりだろ！」
一輝「瞬に限らず砂糖は入れると思うが・・・・」
星矢「本当かよ。甘くて気持ち悪くなるぞ。」
一輝「そんな事無いと思うが。」
一輝がザアッと醤油をかけ入れた。
一輝「肉じゃがは甘辛い味付けなのだからこれくらいが丁度良いと思うぞ。」
星矢「お前らだけの感覚じゃないのか？」
一輝「何が言いたい。」
星矢「殺人的料理音痴がここにはいるからな。しかも無自覚。」
一輝「氷河か。」
星矢「そうそう。絵梨衣さんと本人以外は不味いと言う自信がある。」
一輝「変な自信だ。」
星矢「だから・・・・」
一輝「不味かったら残して良い。無理強いはさせないから安心しろ。」
星矢「・・・ならいいけどさ。」
それからも星矢と会話を交わしながらタレに浸した肉にゴマを付けて焼き、醤油にホウレンソウを浸し、味噌汁を作り、御飯を炊いた。七時までには五人分の食事が出来あがったのだった。

瞬「わあ、美味しそう。」
ダイニングテーブルに湯気の立つ料理が並べられて嬉しそうに言った。
紫龍「こういう料理には麦茶だな。俺持ってくるよ。」
紫龍は麦茶を取りにキッチンに消えた。
一輝「どうだ？王様。」
瞬「嬉しい。ありがとうありがとう。」
氷河「王様の威厳ゼロだな。」
星矢「こんな王様なら謀反とかって無縁そうだな。」
氷河「確かに。」
一輝に嬉しそうに感謝の言葉を述べる瞬を見るとそう思わずにいられない。
紫龍「麦茶ついでにコップも持ってきたぞ。」
コンとコップをテーブルに置き、コポコポと麦茶を注ぐ。
瞬「それじゃ、いただきます。」
全員「いただきます。」
箸を持って食事を始める。
氷河「今日のジャガイモ、随分小さいな。」
瞬「兄さん、僕の好み覚えててくれたんだね。」
出汁に浸されたじゃがいもを食べてニッコリ笑う。
一輝「瞬はこういう肉じゃがが好きなんだよな。」
瞬「うん。」
氷河「瞬には良いかもしれないけど、崩れそうなじゃがいも、俺には扱えない。」
危なっかしい手付きでじゃがいもを食べる。
瞬「星矢、食べないの？」
ジーッと肉じゃがを見つめていた星矢を瞬が心配して尋ねた。
星矢「瞬、この肉じゃが甘くないか？」
瞬「別に甘くは無いと思うよ。」
星矢「紫龍は？」
紫龍「美味いぞ。瞬の料理と味が似てるかな。」
星矢「じゃあ、食ってみるか。」
瞬「失礼な言い方。兄さんの料理に文句があるの？」
星矢「だってさ、大量に砂糖入れてたんだぜ。」
瞬「それが？」
星矢「普通入れないだろ？」
紫龍「それは普通じゃない。肉じゃがは砂糖と醤油で甘辛く煮つける。それが常識だ。」
瞬「僕と紫龍で作る時だって砂糖入れるよ？」
紫龍「他の赤い魚を煮つける時も醤油と砂糖をきかせるぞ。」
瞬「星矢が非常識なんじゃない？」
星矢「確かに食の知識は赤ん坊並だけど・・・・」
瞬「食べてみてよ。美味しいんだから。」
ズイッと星矢の前に皿を持っていく。星矢は箸でそぼろの肉を食べた。慎重に口を動かしゴクッと飲みこむ。
瞬「どう？」
星矢「美味い！」
一輝「だろう？」
星矢「こってりしてて美味いな。そぼろの肉も柔らかいし、じゃがいもも浸されてて美味い。こういうじゃがいもも美味いな。」
一輝「砂糖をいれても美味いだろ？」
星矢「御免、一輝。俺が無知だったんだ。」
一輝「別に気にしない。」
ガツガツと食べ始める星矢。
瞬「お肉も美味しいよ、兄さん。ゴマつきの奴大好き。」
一輝「好きなのを作った。」
氷河「プチプチいって歯にはさまる。」
星矢「そのプチプチが気持ち良いじゃないか。」
紫龍「ゴマは擂った方が栄養はとれるんだけどな。」
氷河「気持ち悪いぞ。口の中でプチプチ。それに食った瞬間に広がるモサモサした木屑のような味。」
星矢「そう言うと食欲無くなるだろ。」
氷河「そうは思わないか？」
紫龍「ゴマは食べなれてるからな。ちょっと理解できない。こっちはどうだ？お浸し。良い浸かり具合だぞ。」
氷河「しょっぱいぞ。」
瞬「氷河、そればかり食べるからだよ。御飯と一緒に食べるんだよ。」
氷河「なるほど。」
瞬「お味噌汁はなめこだ。」
ジュルッと啜る。
紫龍「なめこはなめなめしてて美味いよな。」
星矢「不思議な舌触りだよな。」
氷河「腐ってないだろうな。」
一輝「腐ってるわけが無いだろう。」
氷河「なめなめしてるから。」
星矢「変なトコ気にすんだな、氷河。」
氷河「シベリアでこんな物食わなかった。」
瞬「氷河には合わないメニューかな、今日。」
一輝「別に氷河の為に作ったわけじゃないから構わない。」
瞬「次からこのメニュー、やめようか？」
一輝「一人の為にお前が我慢する必要はない。」
瞬「でも、嫌いなのを作る必要もないよね。」
氷河「瞬が好きなら俺は構わない。これからも作ると良い。」
瞬「いいの？」
氷河「ああ。食べられないわけじゃないし。」
そう言ってズズッと味噌汁を啜った。
星矢「なら、沢山お代わりするか？」
意地悪く笑いながら聞いた。ウッと言葉に詰まる。
星矢「冗談だよ。だけど、俺はお代わりするぞ。美味しいって分かったから。」
瞬「駄目だよ！今日は僕もお代わりするんだから。星矢、二杯までだよ！」
星矢「え〜」
瞬「王様の命令！きけないの？」
星矢「はい・・・・」
瞬「よろしい♪」
今日の夕食は瞬が一番良く食べた。普段は一杯しか食べないのに実に五杯も食べた。味噌汁も御飯も肉も全てが余らなかった。一輝の料理は別腹。誰もがそう思った。次の日、胃袋が疲れきった瞬の為に七草粥が作られたのだった。

あとがき
2000番はとのも翡翠様が踏んでくださいました。メールでのリクエストは一輝兄さんの手料理。FOR瞬というのがメインと書いてありました。一輝から瞬への料理を考えると、いろいろハードルがありました。どうやって一輝に作らせるか。瞬は料理がプロ級です。瞬に何かあったというのも考えましたが紫龍がいる。紫龍を五老峰においやるというのも考えましたが、うちにはヒュギもいる。ヒュギを診察旅行に行かせるのも考えましたが、病気編と同じだなと思いました。なので、パラレルという特権を用いて、時間をすっとばし、正月にさせ、今の話を作りました。シリアスを望んでいたのならすみません。夕食ですが、瞬の好みが私の好みです。うちの瞬は私の分身です。実は夕食の内容、そのまま私の昨日の夕食の内容だったんですね。今回の裏シナリオ。ガレッド・デ・ロアの指輪が百円ショップで買った安物の指輪です。綺麗に洗われ、棚にしまわれました。

　　　　　　　　　　BY　　MUTUMI