眠らない月　ざわめきの夜　


サガ「突然のことながら、私、ジェミニのサガは双子座の聖闘士を辞することにした。」
デスマスク「・・・・歳だからか？」
ムウ「歳でいうなら老師・・・・ってあの人は外見こそジジイですが、本当は黄金の中でナンバーワンの若者なんですよね」
デスマスク「外見こそっつーか、外見も中身も、しゃべりも戸籍も全部ジジイなのに細胞だけ若いんだよな・・・・」
ムウ「で、聖域で一番のお年よりのサガ、下り坂の肉体に嘆いて引退ということですか。それは結構。聖闘士に年金なんかありゃしませんからこれからの生活には多大に影響すると思いますが、サガなら顔でいくらも下々の民から金をしぼりとれるでしょう。葬式くらいには顔をだしましょう。それではお元気で。」
サガ「勝手に結論づけるな。何故引退したらホストで身を立てることが決定してるんだ。」
ムウ「別にホストとは一言も言ってないでしょうが。」
サガ「・・・・・じゃあどういう意味だ。」
ムウ「サガなら立派な宗教の教祖になれるということですよ。」
デスマスク「向いてるんじゃねえ？今だって似たようなことやってんだし、人を13年間もだましたベテラン詐欺師だし。」
サガ「宗教の勧誘ならシャカの方が向いてるだろうが。」
ムウ「営業に死ぬほど向いていないシャカにそんなのできるはずがないでしょう。ま、仏陀のゴミの総結集品ですが威厳だけは立派ですけどね。」
シャカ「待ちたまえ。今のは聞き捨てならない。私がゴミの総結集品とはどういうことだ。」
ムウ「仏教の最終目的は輪廻から解き放たれることでしょう。つまり生まれ変わらないってことじゃないですか。解脱して仏陀はその輪から離れた・・・のにあなたがいる。ということは、いい部分のみ解脱し、問題の残るところだけ修行のし直しということなのでしょう。」
ミロ「ああ！なるほど！てことは、死んだらもっとヤバくなって帰ってくるってことか！どこがヤバくなると思う？カミュ」
カミュ「私にふるか・・・・？」
ミロ「俺は、そのハリウッド女優顔負けの顔が醤油ぶっかけてタコ殴りにしたような顔になって、性格はアテナでさえも操作できないワガママ大王になって、極めつけは一寸先で迷う！お前はどう思う？」
カミュ「お前の想像に任せる。」
シャカ「なかなか強い心臓だな、ミロ。」
ミロ「そうか？俺、心臓には強いんだよな！なんたって自称聖域の救急救命士だから！」
シャカ「ほう、それじゃＢＪ顔負けの技術を自らやってもらおうか。さあ沙羅双樹の園にこい。」
ミロ「え〜〜、俺ちょっと植物は範囲外なんだよな〜」
ブツブツ言いながらもシャカについていくミロ。その後姿を眺めて、一同合掌をした。
シュラ「それで？ジェミニを辞するのは何でなんだ。突然そんなことを言うとは一体お前に何があったんだ。」
アフロディーテ「そうだそうだ。何も話さずに辞するなんて私達のことを知人とすら思っていないと言う事か？」
ムウ「流石忠誠―ズの２人。初めてまともな意見が出ましたね。」
シュラ「そういえば、このところ教皇の間に寝泊りしていると聞く。それが原因か。」
サガ「まあ・・・な。教皇の仕事が忙しくてジェミニとの兼任が難しくなった。だから、いっそジェミニを辞して教皇の仕事に集中しようと思ったのだ。」
アフロディーテ「何故サガがそんな重荷を背負わなくてはならない！やめるなら教皇の方だろう！そもそもサガは教皇になれないはずだったんだから、これでは本末転倒だ！」
デスマスク「そうか・・・・？本物を殺すほどなりたかったものなんだから然るべきって感じじゃねえ？」
ムウ「それに、多分教皇を降りてもなり手がいませんよ。私はそんな面倒くさいものやる気も起こりませんし、アルデバランは人が良すぎてすぐ謀反が起こって排斥されるのがオチ。デスマスクはより一層私達にしわ寄せがきそうですし、アイオリアに頭を使うようなことできそうにありません。シャカはあの性格ですし、ミロは単純、シュラとアフロディーテは人の命令には忠実ですけど、自分からだすっていう性格してません。もったいないくらい臣下体質なんですよね。カミュはすぐ極端な方向に走りそうですし、結局のところサガが適任なんです。」
アルデバラン「容赦ないなお前・・・・」
と言ってもそれ以上は言及しないアルデバラン。本気でいい人である。
アイオリア「で？現実的な意見として、サガがジェミニ辞めたらどうするんだ？空位になるぞ。天秤宮と人馬宮がからっぽなのに双児宮までからっぽになったらどうするんだ。」
サガ「我が愚弟カノンを据えようと思う。」
ムウ「できるんですか？カノンは戦闘能力は抜群とはいえ、所詮今までは雇われ社長と派遣社員。正社員の責任の重みというのを経験していません。某カプリコーンのように、自分のやりたくないことを強要され、その後の人生に大きな影を落とし、ヤクザ顔負けの雰囲気をかもし出すこともあるのですよ。」
シュラ「・・・お前、伏字になってないぞ・・・・」
ムウ「自分のやりたいことをやりたいだけやってきた現代社会のニートとも言えるような男がいきなり社会の枠組みに捕らえられたらどうなります。発狂して廃人になります。」
サガ「その点は家庭教師を置くことで解決させようと思う。」
ムウ「なるほど。して、その家庭教師とは？」
サガ「それはまだなんだ。誰かいい家庭教師はいないだろうか。」
カミュ「私がやろうか？」
サガ「ダンスを習わせたいわけじゃないからな・・・・」
アフロディーテ「あとは老師とか？」
サガ「老師の教育法は熟成栽培だ。カノンがまともになるのを待ってたら全員化石になる。」
アイオリア「魔鈴はどうだ？星矢の師匠だし、厳しいが弟子を導く為であって、心の芯は温かいぞ。」
サガ「ふむ、悪くないな。彼女なら黄金（見習）という看板に臆することなどないだろうし。後は引き受けてくれるかどうかだが・・・・」
デスマスク「しかし、家庭教師か！なんかそそられる響きだよな！なあシュラ！」
シュラ「俺にふるな俺に。知らんそんなこと。」
デスマスク「あれ、観てねえのか？」
シュラ「誰が観るかあんなもの！お前、俺のとこにさりげなくビデオ置いていくのやめろ。」
デスマスク「お堅い性格を破壊してやろうという友人心だというのに。」
シュラ「破壊せんで結構だ！もしアテナに見つかってみろ！恥ずかしくてとても宮にはいられないわ！」
デスマスク「そっか、それは悪かったな。」
シュラ「わかってくれたか。」
デスマスク「次はみつからないようにSMとロリの中に隠して置いておくから。」
シュラ「もっと悪いわ馬鹿野郎！」
サガ「・・・ま、とりあえず魔鈴には私の方から話を・・・・」
アイオリア「ちょっと待てサガ！今の話聞いてたのか！」
サガ「まあ、所詮は現実的なファンタジックワールドだし、そんなこと実際には起こるわけないだろう。」
アイオリア「そんなことが本当に起こる可能性はゼロじゃない！それだったら俺が家庭教師になってやる！それなら安全だ！」
ムウ「魔鈴を守るためにとんでもないこと口走ってますね。」
サガ「言い出しっぺが何を今更言ってるんだ。」
アイオリア「家庭教師が危険なものだと知っていたら推したりなんかしなかった！」
サガ「恋人同士ではないのだから口をはさむ権利はないだろう。」
アイオリア「魔鈴の心を空室にしておく権利はある！」
ムウ「なんて消極的な。一歩前進するくらいの意気込みはないんですか。」
アイオリア「半歩進んで一歩下がってるんだ！消極的になるのも致し方ないことだろう！」
アルデバラン「・・・・ルームランナーみたいだな。」
アイオリア「とにかく！反対だ！どうしてもやるなら別の誰かにしろ！」


「で、選ばれたのが僕っと。」
双児宮にどすっと荷物を降ろす。
「サガも律儀に議論報告書を事細かに書くことはないのにねえ。」
ぱらぱらとめくるには膨大な量の報告書を見やる。
「まあ、ミロがなんでか包帯グルグル巻きになってるのとか、アイオリアが憔悴しきってる理由がわかるからありがたいといえばありがたいかも。」
そしてシャカが妙にいらついてる理由も。
「さてと・・・・・・」
腰に手を当てて嘆息した。
「バカ生徒の迎えにでも行くか。」
肝心の生徒はとんずらしていた。


ドコンバコンベキベキ―――
ロドリオ村のある酒場では、派手な効果音を立てながら盛大なステージが催されていた。主役は真剣な顔と楽しげな顔を交差させている蒼の髪をした男。酒場のマスターはそんな彼らに敬意を表し、スラスラと請求書に筆を走らせる。
「おら、次骨のある奴はいねえか！」
「僕なんかどうですか？」
酒場に似つかわしくないメゾの声域にくるりと振り向くと、そこには青筋を立てている瞬の姿があった。
「何しにきた。ここはチビの来るところじゃないぞ。」
「僕だって来たくて来たわけじゃありませんよ。あなたが持ち場離れてこんなところにきてるのがいけないんでしょう。」
「夜が明けたら帰るって。」
「夜が明けたら寝るんでしょう？」
「普通だろ。」
「普通じゃありませんよ。夜が明けたら人は目覚めるんですよ。」
「じゃ、俺人じゃないってことで。」
「人じゃない・・・わかりました。その言葉忘れないでくださいね。」
そう言い放つとくるりと元来た方に踵を返した。思わぬ行動にカノンは拍子抜けした。
「連れ帰らないのか？」
「残念ですけど首輪を持ってくるのを忘れましたから。飼い主がいなくても帰巣本能で帰ってくるでしょう。捜索願はだしませんから保健所にだけは気をつけてくださいね。電話がないもので引き取ろうにも引き取れませんから。」
にっこりと笑い振り向かずに去っていく。途中でマスターに呼び止められ、いくらか会話を交わすとギイッとネジの外れた木戸をあけてでていった。思わぬ幕切れにカノンも、他の男も戦闘意欲を殺がれ、足のとれかけた椅子に腰掛けると何もなかったかのように酒を頼み始めるのだった。


「・・・・・飯ってこれ？」
翌日の朝飯を兼ねた昼飯にカノンは顔を引きつらせた。
「もう、ペディグリーチャムじゃ嫌なの？」
「嫌に決まってるだろ！！」
どんっとテーブルを叩く。わんこ用の皿がわずかに宙に舞った。
「お前はご飯に味噌汁なのにどうして俺はドッグフードなんだ。」
「それはあなたが昨日人間やめます宣言したからじゃない。」
冷ややかなお言葉。そのとおりだが、そのとおりで折れるわけには行かない。
「単なる言葉のアヤだろう。簡単に信じるなよ。」
「僕はカロンを落とすほどの信じやすい人間ですよ。あなたのあの発言を疑うなんて僕にはできません。」
冗談だってわかってやってるくせに―――ルネとの戦いで泣き言を言っていた男には見えない。
「近頃のドッグフードはかなりの出来ですよ。食べてみたらはまりますよ。」
「惨めだから嫌だ。なあ、お前の昼食の残り余ってないか？それ食いたい。」
「・・・・しょうがないなあ。」
犬皿を片手にキッチンに消える。クツクツと言う音と味噌汁の匂いにほっとした。
「はい、これならいいでしょ。」
瞬がどんと置いたのは、ぶっかけ飯。しかも変わらぬわんこ皿。
「器が違うだけで味は一緒。さ、ご飯が片付かないから食べて。」
ダメだこれは・・・・。どうやら心底瞬の逆鱗に触れてしまったらしい。ぶっかけ飯ならいいかと食べようとした・・・が
「あの、スプーンは？」
「え、犬にはいらないでしょ。」
コキュートスに落ちてしまったのかと本気で思うくらい背筋が寒くなった。


「ちょ、ちょっと待て！」
「待ちません！」
先ほどから紙くずや生ごみなどを詰められたゴミ袋や、調味料瓶、缶詰を処分するいわゆる大掃除を行っていたのだが、個人的趣向に基づく商品に突入したらカノンの反抗が勃発した。紐でくくられた本、およびビデオを抱えてでていこうとする瞬を必死で止める。
「俺の青春を捨てないでくれ！」
「もうそろそろ青春も終わってもいいんじゃないですか？」
「お前はサガか！人がこっそり隠していたのに暴くな！」
「僕は家庭教師ですからまっとうな道に歩ませるためには当然でしょう。僕にはNASAも顔負けのレーダーがありますからどこに隠したって無駄ですから。」
冷たく切り捨てると双児宮をでていった。

――さよなら、俺の青春

ひゅるるるという風の効果音と伸ばされた手がなんとも哀れだった。ひとしきり感傷に浸ったところで次の行動に移る。ガコンと石敷きの一つを持ち上げると、そこにはマイフェイバリット青春の数々。ごそっと胸に抱きとめるとどこに隠すか思案した。
「床下はダメだろ・・・・天井裏はすぐみつかりそうだ・・・花瓶・・・それともベッドの下・・・ってベッドはサガにみつかってこっぴどく叱られたっけ。いっそ沙羅双樹の園借りて土の中に隠すかそれとも・・・・」
「心の中なんてどう？」
振り返ったその時の絶叫は、ジェイソンと遭遇した時よりはるかにしのいでいたという。


「まったく、油断も隙もないんだから。」
大量のカノンの青春を抱えてブツブツつぶやく。行き着く先はゴミ捨て場。それまでもう少しある。
「おっと・・・・」
けつまづいた衝撃で、いくつかのビデオが落っこちた。腰を折り曲げて取ろうとしたら、目測を誤って、全部落っことした。
「あらら。」
見られても聖闘士関係者であり、何の後ろぐらいところもない上説明もできるので、誰かに見られても恥ずかしくないが、こう散乱するのは少々困りものだ。よっこらせとビデオやらを拾っていく。
「これで全部かな？」
どうせ捨ててしまうんだし別に全部でなくてもそこまで困らないのだが。
「ここに一本残ってるぜ。」
振り向いたその人は。
「なあ、瞬、それ捨てちまうのか？」
「ええ。」
「そっか。だったらさ・・・・」
男はにやりと笑った。


「またいないや・・・・」
双児宮に来て二週間近く。近頃は夜明けまで帰ってこないことはなくなった。けれど、ふらりとどこかに消えてしまうということはまだなくならない。とんと石畳を蹴った。綺麗に洗われているわんこ皿が、カタリと揺れる。
「そんなに重責を背負うのが嫌なのかな・・・・」
戦う時はけして逃げ出しはしないのに、このギャップはなんなのだろう。
「がんばってますね、瞬。」
振り向くとそこにはアテナがいた。
「沙織さん。どうされたんですか？」
「ちょっとサガに用事があるのと、それとあなたの様子を見にきたのですよ。」
ふふと微笑む。
「これ、私からの差し入れです。」
「ありがとうございます。」
差し出されたビニール袋には栄養ドリンクが詰められていた。
「ケーキとかクッキーの方がいいかと思いましたが、実用で選んでみました。」
家庭教師を苦労しているという話でも聞いているのだろうか。かわいげはないが、確かに実用的で何よりうれしい。
「それで、カノンはどこに？」
「それが、行方不明になってまして・・・・」
「あらまあ、そうなのですか。あまり口にしたくはありませんが、宮を頻繁に留守にされるのは少々困りますね。いつ敵が来るかわかりませんし・・・・」
「ええ・・・それは僕も気になるところです。」
「何か理由があるのかもしれませんけどね。デスマスクと違って楽しきゃそれでいーやとは思ってなさそうですから。」
その言い方はデスマスクに対して失礼のような気もするが、ゴーイングマイウェイな生き方をした結果、自分の聖衣に見捨てられる羽目になったのだからそのとおりといえばそのとおりである。
「いろいろ大変かもしれませんが、無理だけはしないように。倒れては元も子もありませんよ。」
「ええ、無理しないようにします。」
「それでは。」
沙織は衣を翻して上の宮へと昇っていった。とりあえず景気付けにとくれた栄養ドリンクを取り出すとキュッとキャップを取りゴクゴクと飲み干す。薬くさいがそこが効きそうだと感じる。残りはまた今度にと冷蔵庫を開いた。新鮮な肉や牛乳などが詰められている。ここ二週間の成果の一つだ。酒はない・・・いや、それは指導するまでもなかったが。栄養ドリンクをおきパタンと閉じた。
「さて、探さないと。」
瞬は双児宮をでてカノンの行きそうな場所を探した。まずは酒場である。黄昏時のせいかまだそんなには人はいない。カノンのあの蒼い髪は目立つからすぐわかるはずだ。釘の新しい木戸を開けてキョロキョロと見渡す。
「・・・・いないや。」
カノンがいないだけで、まるで別の建物のような感覚がする。瞬はマスターに尋ねた。
「カノンは来ていませんか？」
「今日は来てないね。」
「そうですか。」
「若いのに大変だね。あの腕白を教育するのは大変だろう？」
「そうですね・・・それよりすみません。お店を破壊してしまって。」
「はは、もう慣れてるよ。」
ちょびヒゲのマスターは破顔した。そこには嫌味も皮肉も諦めもなかった。
「うちの客はすまして飲むってことができない連中が多いのさ。人に絡んでは友好を深めるっていうのが暗黙の了解でもある。大喧嘩して大親友になったっていうのも珍しいことじゃない。まあ中にはゴロツキが女に絡んで乱闘になることもあるがね。カノンが来る時は血の気の多い奴が不思議と多くてねえ。逆かな、奴らがカノンが来る日に合わせてくるのか。特に賑やかでね、この間みたいなこともしょっちゅうさ。まあ、俺は菩薩様じゃないからきっちり請求書は切らせてもらうけどね。」
瞬は瞠目した。
「坊主、よかったら持っていってくれ。」
「え、これって・・・・」
「いや、これからあんまり来れなくなるんじゃないかと思ってな。まだ随分余ってるし、持ってってくれ。」
ずいと瞬に押し渡した。
「何か飲むかい？一口くらいならいいだろ。」
「未成年ですから。」
「じゃ、レモネードならいいだろ。」
刹那のはやさでレモネードを目の前に差し出す。躊躇していると、マスターが察したのかタダでいいよと言った。思わぬ気を使わせてしまったと気付き、慌てて否定するが、マスターは反復した。これ以上マスターの顔をつぶさせてはいけないと、口に運んだ。ゆっくりゆっくり飲み干した。
「ご馳走様でした。カノンが他に行きそうなところってご存知ですか？」
「そうだね・・・・」
カノンの行きそうな店を自分で知ってる範囲で教える。
「どうもありがとうございました。カノンにしては、随分静かなところが好きなんですね。」
「おとなしくできないガキっていうわけじゃないんだろ。少し急ぐといい。入日が拝める。そこから見える入日はとっても綺麗だぞ。」



ザザーッと潮騒と潮の香りがするスニオン岬で何も言わずカノンは佇んでいた。
「みいつけた。」
振り向くとにやっと笑顔を見せる家庭教師がいた。
「しゅ、瞬！！」
ぎょっとし思わず後ずさる。
「そんなに警戒することないんじゃないですか？」
「いや、まあ、そうなんだが・・・・」
それでもまだ腰が引けている。
「じゃ、じゃあ帰るか。」
「ここから見る入日って綺麗でしょうね。」
え・・・と思った。誘導旋回法なのだろうか。言葉の球にカーブが効いていてどう返せばいいのかわからない。
「日本じゃ水平線なんてほとんど見えませんから。」
ここほど綺麗な海じゃありませんしねと言葉を続ける。
「連れ戻しに来たんじゃないのか。」
「最終的にはそうなんですけどね。」
最終的・・・では、今は？
「座りませんか。少しお話したいですよ。」
よいしょと瞬が座る。何を考えてるのか見当がつかないが仕方ない。カノンもそれにつきあった。
「僕、正直宮を抜け出すのだけは勘弁してほしいと思っていたんです。でも、なんか、わかった気がします。」
入日を眺めながらぽつりと語りだした。
「あなたにとって酒場に行くことは単なるストレスの発散なんかじゃないんですね。マスターのお話聞いてなんとなく思いました。」
「マスター、変な話でもしたのか？」
「いいえ。いいお話を聞かせていただきました。考えてみればあなたはスニオン岬に閉じ込められて、誰も知らない海底の底で生きていて、そうでなくとも誰にも知られなくて、一人でいることが多かったんですよね。」
「おい、俺はそんなに女々しくないぞ。酒場に行くのだって酒が好きだからだ。」
「だったら、どうして宮に酒が一本もないんですか？」
カノンは瞠目した。
「酒好きなだけなら、宮にもあっても当然じゃないですか。デスマスクみたいに。」
「・・・・・・・」
「一人なのが怖いというより、時に取り残されるのが怖いと僕はお見受けしますが？」
潮騒が急に大きく聞こえる。カノンは大きくため息をつくと、微苦笑しながら瞬をみつめた。
「ガキの癖にたいした観察眼だ。さすが俺の家庭教師だ。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
にこりと瞬が微笑んだ。
「飯がわんこ皿だとか、青春を勝手に処分されたことはまあ我慢のできる範囲なんだが、ずっと宮にいろってのは、監獄に閉じ込められている感じがして窮屈なんだ。あんなとこにいたら思考がどこか狂いそうで嫌になる。ワガママだとか、責任感が足りないとか言われたらそれまでだったんだけどな。」
それはニートや引きこもりとはまるで逆の考え方。後天的、先天的と言うなら間違いなく後者になるだろう。
「瞬、お前がどんなに宮に縛り付けようと思っても、俺はきっと抜け出すぞ。」
「そうでしょうねえ。兄さんも何が楽しいのか散々放浪しまくって、帰ってきてすぐにまたいなくなっちゃいますから。いいんじゃないですか、それでも。あなたを閉じ込めたらそれこそきっと使い物にならなくなりそうですから。」
「言ったな、青銅の癖に。」
「そういうあなたは黄金見習じゃないですか。」
お互い憎まれ口を叩いているが顔は笑っている。瞬はすっと後ろ手に隠していたものを差し出した。
「飲みませんか。」
「お、酒だ。どうしたんだコレ。」
「マスターから頂いたんです。多分餞別のつもりで渡してくれたんでしょうけど。」
「ふん、餞別になんかさせるか。でもま、新しいボトル開けるにはいい機会だな。」
ポンとボトルの口を開ける。瓶に口をつけてゴクと喉を鳴らした。
「お前も飲むか。」
「僕は未成年ですから・・・・」
「あまり堅いこというなって。」
ずいとボトルを押し付ける。う〜と瞬は躊躇していたようだが、覚悟きめて口をつけボトルを少し傾けた。酒特有の苦味が口に広がり、頭がぽわんとするような感じがしてくらりときた。
「これ、なんていうお酒なんですか？」
「お子様にはまだ早いかもな。お子様は酒のレモネード割なんかがちょうどいいかも。マスターに言っておこう。ガキ向けの酒考えておいてくれって。」
「僕は行きませんよ。」
「たまには付き合えよ。・・・・・・一人で飲むのは寂しい。」
「女々しくはないんじゃないですか？」
「・・・・暗い海が言わせたんだと思ってくれ。」
気づいてみれば、月が輝き始めていた。


月がもうすぐ天頂にさしかかる、夜風に吹かれながらの帰り道、もうすぐ白羊宮に着く頃、なにやら入り口が騒がしかった。
「なんなんでしょう。」
「さあ、わからん。」
二人がそろって首を傾げると、よせ！俺を止めてくれるな！という声が聞こえる。
「ああ、瞬、カノン、あなたたちも止めてください！」
必死な顔をして懇願するムウ。
「俺はもうここにはいられない！離してくれ！」
羽交い絞めにされながらも逃れようとするシュラだった。ぱっと見は痴話喧嘩なのだが、百歩譲って仮に恋人同士だったとしてもそうは見えない。
「何があったんですか？」
「それは私にもよくは・・・・」
よくはわからないが、でていきそうになったので引き止めているということか。
「一体何があったんだシュラ。」
「・・・アテナに・・・アテナに・・・AVを見られた！」
「はぁ！？」
三人が三人とも素っ頓狂な声をあげた。
「デスマスクが性懲りもなく俺のところにビデオを置いていって、しかも本当にロリとSMを持ってきて隠しやがって！それをこともあろうにアテナに発見されてしまった！なんていわれたと思う！？『ほほほ、聖闘士も人間。若い証拠ですね。ただ、あなたにああいう趣味があったとは思いませんでしたが・・・私は対象外にして欲しいですが決して軽蔑はしませんから安心してくださいね』だぞ！完全に俺の性格を疑われた！軽蔑されるのも嫌だが、理解されるのはもっと嫌だ！俺はもうアテナに普通の顔して拝謁することができない！だから辞職してピレネーに帰る！」
「そんなくだらないことで辞職だなんて言わないでください！誤解なんですから解けばいいでしょうが！」
「言い訳にしか聞こえんだろうが！言い訳すればするほどもっとヤバイ性癖の持ち主って感じがするだろう！いっそここで俺を死なせてくれ！」
本気で死んでもいいという形相をしている。両腕両足すべてが凶器の彼なら、いつ喉笛を掻っ切って死んでもおかしくない。
「どうどう！抑えて抑えて！こんなことで自殺したらもっと頭やばい感じがしますよ！サガに幻朧魔皇拳かけてもらって記憶消去することもできますから！」
「そうそう！イタズラの為にヤバイものを購入したデスマスクの方がよっぽどヤバイってことを証言してやるから！」
必死でフォローをいれる羊と双子。そんな中、顎に手を当てて少し距離を置いた乙女がいた。
「・・・・僕のせいかも。」
ビデオを拾ってくれたデスマスクの申し出に、捨てるくらいなら譲るほうがと考え、タイトルやら傾向やら何も考えずに譲渡してしまった。さすがに青春を語るだけあって随分な量だった。人をからかう目的ならあれだけあれば十分だろう。
「うわ・・・なんか変な方向に飛び火しそう。」
悪知恵だけはうまく働くデスマスクのことである。楽しきゃいーやで聖域を巻き込むような気さえする。瞬は思わず頭を抱えた。
「瞬！ネビュラチェーンでシュラを拘束させてください！」
とりあえずは・・・・
「まだ、当分家には帰れないってことかな。」
双児宮に帰ることも今夜は適わなそうだが。
「おい！何ぼけっとしてるんだ！」
「あ、すみません！あなたに恨みはありませんがおとなしくしてもらいますよ。ネビュラチェーン！」
あなたに懺悔はありますが・・・と心の中で呟いておく。宮の奥の方からはデスマスクが死んでるーという仰天の声が響いてくる。ざわざわざわざわ、今夜の聖域は静かになりそうにない。




あとがき
キリリク10万ヒットのゲッター様は鬼道丸様でしたー！わあい！現れてくれた〜！やっほ〜い！私の中で大事に思っているキリの１つなのでとてもうれしかったです。テーマはカノン×瞬のギャグよりなほのぼのテイスト。なんか、調子に乗って書きすぎました。こんなに書いたのって久しぶりかもしんない。というか、前半がちょっと主題に逸れまくりなんですけどね。ラストの伏線にはなってるんですけど。アイオリアの半歩進んで一歩下がるというのは、私のシュークリームへの道からです。ちょこっと前進して、その次大きく後退するっていう。瞬が登場するあたりから、がらりと作風変わりました。ノーマルモードになってますし。正直なところ、今回のコンセプトは彩雲国の第一巻的な感じだったんですけど、書き進めていったら、不思議と十二国の尚隆みたいになりました。変だな〜やっぱりカノン＝尚隆ってのが潜在的に刷り込まれてたからなのかな〜。今回のお話はほのぼのというか少しシリアスっぽいかもしれません。シュラご愁傷様でした。あんまり真面目な方なのでたまにはいじってみたくなりました。ミロが早めに戦線離脱したのでカミュの出番がかなり少なめ。一番最初の宮なのでシュラを引き止める役目についてしまったムウ様お疲れ様でした。ちなみにデスマスクを発見したのはミロだったりします。なんかそういう巡りあわせのような気がするので。この話ではサガがジェミニ引退してますが、この話だけですのでそこんところよろしくお願いします☆

鬼道丸様気に入っていただけましたでしょうか。長いから読み飽きないでいてくださるとうれしいなあ。カノンはあんまり出番ないんですが、すごく好きです。リクいただけてとっても楽しかったですー！

ＢＹ　　ＭＵＴＵＭＩ