心からありがとうを


カチャンッという固い音がキッチンから聞こえた。ひょいと氷河が雑誌から顔をあげると、眉をひそめた瞬の姿が目に入った。
「あ〜あ、お皿割れちゃった」
シンクの中から、皿をつまみあげる。セミオープンタイプのキッチンなので、リビングからよく見えた。
「大丈夫か？瞬」
「うん、大丈夫。そろそろ壊れるかなと思ったからね。見て、ほら。まっぷたつ」
右手と左手に割れた皿を持って、笑う。
「うわ、すごいな」
「でしょ。なんかもう、『僕、限界です！』っていうのがわかるでしょ。寿命だったんだね」
棚からスーパーの袋をだして躊躇せずいれると口をしばった。
「それ、どうするんだ？」
「え・・・？捨てるよ？」
とっておいてもしょうがないでしょと、ポイッとゴミ箱に放りこんだ。
「また新しいの買ってくるよ。よかったらつきあって」
「ああ」
「だったら、量販店に行ってきてくれないか」
口を挟んできたのは、コンロ前にいた紫龍だった。料理をするのに邪魔だからとうなじの部分で髪をくくっていて新鮮である。
「なんで？」
「最近、生ゴミ処理機の具合が悪いんだ。こっちも使い始めて３年以上経つからな。そろそろ買い換えの時期かと思って。カタログとかもらってきて欲しいんだ」
「そろそろ夏だし、生ゴミためるの嫌だもんね。わかった。行ってくるよ」
「頼む」
そう言うと、紫龍はひっこんだ。ズズッという音がしているから、恐らく味見をしているのだろう。
「今日の飯はなんだ？」
「紫龍特製の八宝菜だよ。楽しみにしてて」
にこっと笑うと瞬もキッチンの奥に消えた。


亡霊たちが歩き出す時間のこと。夜更かし少年も眠りにつき、誰もが魂の休息を得る。
「カサッ」
ゴキブリだろうか。キッチンで何か物音が聞こえる。
「・・・・・ゆっくり眠れ」
何かに語りかけたかと思うと、片手で持ち上げる。人影は、キッチンからでていき、数分後戻ってきた。手にしていた何かは消えていた。
「心配するな。あいつだけ特別じゃないから」
ポンポンと何かに触る。ふんっと力をいれると、両手に大きな物体を抱えた。本来なら２人かかりで運ぶものだが、彼にとってはプラスティックみたいなものだ。少々重い足取りでいき、軽い足取りで戻ってきた。何度も往復していく。往復するたびに、キッチンがすっきりしていく。
「よし、これでいいだろう」
ふぅと額をぬぐう。カーテンからのぞく空は、深い深い群青。明日の晴天を約束した色。満足げにうなずくと、彼は部屋をでていった。

「ぎゃあああーーーー！！」
翌朝、瞬の驚愕した声が城戸邸中に響き渡った。
「どうした！瞬！」
ボサボサの髪をした星矢がやってくる。取る物も取り敢えず駆けつけたのかパジャマ姿だ。
「せ、せいや・・・・」
瞬が震える手でキッチンを指す。
「な、なんだこりゃーーーーーー！！！」
寝癖の髪が全て逆立つほど、驚いた。
「どうした！星矢！！」
「どうした？」
紫龍も慌ててやってくる。氷河は寝不足なのか、ややぼーっと。
「紫龍！！キッチンがすっからかんだ！！」
「はぁっ？」
間の抜けた声をだすと、キッチンを見た。そして、今度は二の句が継げなくなった。キッチンは、まるで夜逃げでもあったかのように何もなかった。冷蔵庫も、食器棚も、生ゴミ処理機も、ありとあらゆるものがなかった。
「ど、どういうことなんだ、これは・・・」
あまりの徹底っぷりに寒気がする。
「新手の泥棒なの！？」
「城戸邸のセキュリティは完璧だぜ！泥棒なんか入るかよ」
「ていうか、城戸邸を狙うなら、常識ならお金とか宝石とかだよね」
パニックになりながらも、冷静に分析する瞬と星矢。氷河はというと、いたって平然としていた。
「氷河、驚いた時くらい、びっくりした顔しろよ。どんだけポーカーフェースなんだ」
星矢が呆れたように肩を叩く。
「別に驚いてないから、この顔は間違ってない」
「驚いてないって、この状況なんだぞ？」
「いや、だって、やったの俺だから」
一瞬、本気で時が止まった。思考も、動きも止まった。
「・・・・・・・ん？どうした？」
「お前、バカかーーーーー！」
思考回路が復活するやいなや、星矢が氷河につめよった。
「何考えてんだ！てか、自白すんなら早くしろよ！！どこのサスペンスの犯人だ！驚き損っていうか、得したくらい驚いちゃっただろ！！」
「星矢、言ってることが支離滅裂だ」
紫龍がべりっと星矢を引き剥がす。猿のようにウキーッと怒っている星矢の襟首をつかみながら、冷静に諭した。
「星矢の言う事もよくわかる。何故、こんなことをしたんだ。何の理由もなくこんなことをするお前じゃないだろう」
「・・・・・・可哀相だったから」
「誰がだ？」
「食器たち」
星矢の動きがぴたっと止まった。瞬も、言ってる事が分からないという表情をしている。
「昨日、皿が割れただろう。一生懸命働いてきたのに、壊れたらゴミ箱いきだなんてあんまりじゃないか。完全に過労死なのに、敬われる事もなく、すぐ次のがでてくる。少しは休暇を与えてあげなくちゃ、哀れじゃないか」
「いや、まあ、わからなくはないけど・・・けど、道具だろ？」
「じゃあ、お前、想像してみろよ。ひたすらひたすら仕えてきて、限界超えて壊れたら捨てられるんだぞ」
星矢は腕組みして考えた。口を一文字にして、考えた結果、絶叫した。
「嫌だ！！お嬢さん！！俺らはものじゃないぜ！！」
一体、誰を想像して言ったものなのか、胸中察してあまりある。遠い遠い場所からくしゃみが聞こえてきそうである。
「だろ？わかったか？星矢」
「ああ、わかったぜ、氷河」
うんうんと星矢が力強くうなづく。
「食器だって、同じ気持ちなんだ」
「そうか・・・今まで考えた事がなかった。そうだよな。たまには休ませてやらないと！」
「ちょ、ちょっと待って。それで、キッチンのものはどこにやったの？」
「外で日光浴させてる」
瞬が慌ててシャッとカーテンをあける。そこには、太陽の陽射しをあびるキッチン用具があった。
「気持ちよさそうだろ？」
「よくもまあ、ここまで運び出せたものだね」
「冷蔵庫とかが大変でな。時間がかかってしまった」
「おいっ、晴天の中に冷蔵庫なんかだしたら、中のもの全部腐るぞ！」
紫龍の指摘にふっと笑うと、日陰を指差した。日陰には氷の塊がいくつも並んでいた。
「冷蔵庫の中身はフリージングコフィンで、凍らせてある。俺だってそれくらい考えてあるぞ」
紫龍と瞬は顔を見合わせた。そして、
「お前の熱意には負けたよ」
「そうだね、道具もたまには休ませてあげないとね」
困ったように笑った。
「お前らにわかってもらえてとっても嬉しい。やはり兄弟だな」
「でも、どうすんだ？俺、腹減った」
「とりあえず、星矢は着替えておいで。僕と紫龍で考えてみるから」
「おうっ！」
踵を返し、パタパタと駆けていく。瞬はエプロンを手にした。
「何ができるか、わからないけど、とにかくやってみようか」
「そうだな」
きゅっと髪を結んで紫龍が答えた


「こ、これが朝御飯なのかっ！！？」
食材が外にあるから、いっそ外で食べようと言われ、胸躍らせてでてきた星矢は、でてきた朝食に目を丸くした。
「これでも、紫龍と僕で一生懸命考えたんだよ」
芝生に置かれたのは、牛乳瓶と、コーンフレークの袋だった。
「なんだよ、これ！買ってきたまんまじゃん！」
「文句言わない！君だって納得したんでしょ！！」
「そ、そりゃ、そうだけど、普通は皿とかコップに盛るじゃん！」
「だから！！彼らは休暇中なの！！」
うんうんと氷河が大きく頷く。
「食べれば一緒だ」
「いや、待て。コーンフレークはコーンと牛乳のブレンドが最高だろ。これじゃ単品じゃん」
「口で調合しろ」
有無を言わさず、コーンフレークと牛乳を握らされる。
「ち、ちくしょう！！」
ザラザラとコーンフレークを口にいれ、牛乳を口に含む。
「星矢の嘆きもわからなくはないよね」
ぽつりと瞬。
「道具を一切使わないと、本当に何一つまともにできないな」
「ああ、フライパン欲しい！」
初めて分かる道具のありがたみ。コーンフレークを手づかみで食べる。
「紫龍、他になんかないか？全然たんねえよ〜」
「何してるんだ、お前ら」
懐かしい声が響いた。振り向くとそれは、みんなの兄貴、フェニックスの一輝だった。
「兄さん！！お土産ください！！」
これほど真剣に土産を迫られたことはあっただろうか。少々面食らいながらも、一輝が土産を出す。土産は地酒。
「はぁ・・・・・」
がっくりと肩を落とす瞬、紫龍、星矢。
「な、なんなんだ、お前ら」
ここまで落胆されることを自分は何かしたのだろうか。
「地酒だなんて、どれだけ年齢サバ読むつもりなんですか。それも逆方向に」
「土産だったら、普通饅頭やクッキーだろ」
「減った！腹減った〜！」
「ちょっと待て、お前ら、本当に何があったんだ？」
狼狽する一輝という世にも珍しいシーンをお目にかかれるなんて、そうそうないだろう。


「なるほど、そういうことか」
これまでの経緯を聞き、やっと平然を取り戻した。
「わかってもらえて何よりだ。一輝も、帰ってきた以上はルールに従ってもらうぞ」
「嫌だ」
「お前は道具の心がわからないのか！」
氷河が激昂すると、一輝はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「道具は使われるのが一番幸福なんだ。こうして放置されていることこそ哀れじゃないか」
「それは、適正な時間、待遇の場合だろ？ゆっくり休憩する間もなく働かされて、道具は悲鳴をあげている！」
「俺は瞬の料理が食べたくて帰ってきたんだ！道具の事情なんか知った事か！！瞬の料理が食べられないなら、出て行く！」
「ちょ、ちょっと待ってください！」
踵を返しかけた一輝の腕を掴んで止める。
「兄さん、僕の料理が食べられないくらいで出て行かないでください！」
「止めるな、瞬」
「何言ってるんですか！そんな情けない理由で家出なんかさせませんよ！！」
珍しく情に流されていない瞬の発言に、紫龍と星矢は揃ってうなずいた。
「あれは完全に逆ギレだよな」
「瞬の料理が食べたいなら、毎日いりゃいいだけなのにな」
最もすぎる意見に一輝が一瞬怯んだ。
「ほら！！兄さんがあまりに子供っぽいこというから、あんなこと言われちゃいましたよ！反省したなら、今日から十日間ここにいること！いいですね！」
「・・・・・・・わかった」
一輝の言葉を聞き、瞬は鋭い瞳から、優しい瞳に戻る。
「よかった！じゃあ、兄さんの御飯用意しますね」
「・・・頼む」
一輝が瞬に完全降伏した瞬間であった。心の中で３人はブラボーと拍手を送ったのだった。
「さてと、せっかく兄さんが帰ってきたんだから、少しはご馳走にしたいよね。どうしようかな・・・」
「皆さん、楽しそうですね。私も混ぜてくださいな」
「あ、沙織さん！」
日焼け防止に日傘を差しながら、沙織がやってきた。左手には大きめのバスケットが握られている。
「沙織さん！それ何！」
さながら元気な犬のように、星矢が沙織に近づく。
「ふふ、シェフに作ってもらったサンドイッチですよ。青空ランチなんて素敵だなと思って」
「サンドイッチ！！」
ポンッと手を叩いて瞬と紫龍が声を合わせた。ゴソゴソと食品をあさると、食パンとトマト、レタスを取り出した。
「星矢、コーンフレークより美味しいの食べさせてやるぞ！」
「本当かっ！紫龍！！」
「ああ、任せておけ！サンドイッチに気付けなかったなんて、料理人失格だな」
空中に食材を放り、左手で一閃すると、食材は瞬く間に薄切りにされた。
「紫龍！チーズもあったよ！！」
「ありがとう瞬」
スライスチーズが手渡される。
「兄さん、ちょっと力貸してください」
「ああ、いいぞ。なんだ？」
「これに、鳳翼天翔をお願いします」
と、言ってさしたのはベーコンだった。
「待て！何に技をかけさせようとしてる！」
「ベーコンですよ！まさかハムだとでも？」
「そういう意味じゃなくて！ベーコンに何で鳳翼天翔しなくちゃいけないんだ！」
「ベーコンは生で食べるわけにいかないじゃないですか。だから、あぶってください」
「鳳翼天翔であぶったら消し炭だぞ」
「兄さんほどの実力なら、ベーコンを焦がさずに焼く事くらい楽勝でしょう。もしかして、手加減とかできないんですか？」
ここでできないといえる男がいるだろうか。
「ふ、兄をみくびってもらっちゃ困るな。鳳翼天翔でベーコンなど朝飯前だ」
いや、いない。


「わっ、すげえ美味い！！」
「本当ですね」
青空の下で食べる朝食はとても美味しかった。包丁は紫龍のエクスカリバーでどうにかなったし、炎は一輝がいればどうにかなった。炒め物は流石にできなかったが、デザートにフルーツもでできて、朝食が終る頃には、みんな満足そうな顔をしているのだった。
「腹いっぱい！ごちそうさま！」
星矢がごろんと芝生に寝転ぶ。
「食べてすぐ寝ると牛になりますよ」
「アルデバランくらい大きくなるなら、やってみろってんだ」
クスクスと沙織が笑う。
「たまには、道具に頼らないでやるのもいいね」
「そうだな」
洗い物が少ないおかげで、のんびりした食後を過ごせる。ここで珈琲か紅茶があれば一番だが、今日のところは我慢だ。
「兄さん、無茶を頼んですみませんでした」
「いや、大丈夫だ。それより、明日は頼むぞ。味噌汁が飲みたい」
「わかりました。あ・・・・・」
「どうした？」
「いえ・・・ちゃんとまだ言ってなかったなと思って」
頬を染めると、一輝に姿勢を正して言った。
「おかえりなさい、兄さん」
「・・・ただいま、瞬」
一輝がこの地を踏むのは、本当に久しぶりなのだ。初夏の爽やかな風が二人を包んでいた。


「今日からは通常運転！！」
翌日、きちんと元通りにセッティングされたキッチンでガッツポーズをする。不思議なことに、一昨日と同じ風景なのに、どこかが違う。
「君たち、よろしく頼むね」
そっと生ゴミ処理機に触れる。
「瞬、俺も手伝うよ」
ひょこっと氷河が現れる。
「ホント？じゃあ、お願いしようかな」
まな板と包丁をとりだし、調理台に乗せる。
「ニンジンと大根切ってもらっていい？」
「いいぞ」
切り方は繊切りで、との指示でトントンと細く切っていく。瞬は鍋に水をため、コンロの火を点ける。
「氷河、君の視点には驚かされるよ」
「・・・・ん、なんだ？」
「本当、尊敬しちゃうな」
トントントンという音と、グツグツという音がキッチンに響く。正しいとか、間違ってるなんていうのは、低俗すぎて話にならない。
「また何か気づいた事があったら教えて。聞きたいから」
「ああ」
氷河から受け取った食材を鍋にいれると、パタンと冷蔵庫をあけ、味噌を取り出すのだった。

知らなかったから。
キミがいなかったら困るなんて。
大事にするって誓うよ、心から。
いつも、ありがとう。



あとがき
147000番のゲッターさんは、レインディ様でした〜〜！リクエストは聖戦後の青銅５人の穏やかな日常を、氷河中心のほのぼので★ほのぼのといえば、青銅の専売特許！抽象的で申し訳ないとおっしゃいますが、どっちかというと、青銅はこういうタイプが多いので、そんなに難しくないのです★黄金や神闘士に株を奪われがちですが、うちは青銅サイトなのですよ〜ｖｖｖ
ありふれたものでは、せっかくリクエストを頂いた意味がない！ということで、出したネタがこれ★最近、職場で流行りのネタでした。実際はもっと激しくファンタジーな発想になってます。こういう発想は氷河に最適です！瞬と紫龍はマジメそうだし、星矢は何も考えてなさそうだし、一輝だと、言葉だけで納得させてしまう節がありますので、違う視点から見られそうなのは氷河かな〜と思って。ほのぼのの中にも星矢ちゃんがアクセントを加えていて、だらけずにすみます。星矢のそういう何でも全力投球なとこが大好きです。
兄さんお帰り！バラン誕でもでたけど、あれは主役はバランで、メインはさおりんっぽいから！書いてて楽しかっよ！兄バカなところも！！
楽しんでいただければ幸いです！ありがとうございました！！

BY　　MUTUMI