アンハッピーバースデーIN五老峰


老師「寝るんじゃない！」

ゴキッ

カノン「いって〜」
老師「寝るのには三時間も早い！」
カノン「毎日朝六時に起きて、畑に行って世話して飯食って畑行って帰って飯食って中国語勉強だ。寝たくもなるわ！」
老師「紫龍は全部こなしておったわい！文句を言うな！」
カノン「ち・・・・分かったよ。けどな、睡眠時間三時間じゃ無いと同じだ」
老師「わしもそれにつきあっておるじゃろうが！」
カノン「老師は日中は、ただ監視も必要なくなった滝の前で座ってるだけじゃないか！昼間は寝てるも同じだろう！」
老師「寝たければマスターするんじゃな。免許皆伝になれば終わりじゃ。ほら、ちゃっちゃとノートに書く！綺麗に書くんじゃぞ。棚に保管しておくのじゃからな。」
カノン「本当にくれるんだろうな！免許皆伝！」
老師「マスターすればな！」
この所、灯りが消える事がない。老師の部屋は中国語講座になっている。毎日毎日カノンに中国語を教えているのだった。



春麗「お疲れの様ですね。」
カノンの目の下に隈ができてるのに気づき、心配そうに話しかけた。
カノン「ま、まあな。」
軍手をはめながら雑草を抜くカノン。出きるだけサボりたい。今でもそうは思っている。しかし、サボればたちどころにバレ、悪い状況になるのは目に見えている。麗花の事件で中国語六時間修行をやるはめになったのと同じように。黙々とただ作業をするしかない。結局は地道に行うしか道はないのである。
カノン「サガよりも厳しい。」
春麗「大変ですね。すみません、いつも先に寝てしまって。」
カノン「構わん。春麗が起きてる義理はない。それにそれの所為で春麗が風邪でもひいたら、困るのは俺だ。」
春麗「そうですね。」
カノン「自分の身内に関する事は、烈火の如く怒るからな。」
この間の麗花の事件ですっかり懲りているカノン。誰よりも怖いのは老師と悟った様だ。
春麗「体調大丈夫ですか？悪ければ言ってくださいね、身体に良いもの作りますから。」
カノン「ま、まだ何とかなるだろう・・・・春麗の飯はサガのより美味いし、バランスも取れてるし。」
春麗「そんな事は。」
カノン（味は薄いけどな）
麗花「カノンおじちゃん、春麗お姉ちゃん。」
麗花が隣の畑からやってきた。畑には王もいるから、手伝いにでもきてるんだろう。
カノン「お前か・・・・」
麗花「おじちゃん元気ないね。」
春麗「疲れてるんですって。」
麗花「大丈夫？」
カノン「大丈夫だ・・・・当分は。」
春麗「麗花ちゃんお母さんのお手伝い？」
麗花「うん。今日はニラが生ってるから収穫なの。」
春麗「お父さんに作ってもらうの？」
麗花「ううん、お父さん忙しくてこのところ帰るの遅いからお母さんが作ってくれるの。」
春麗「お母さんも料理上手なのね。」
麗花「うん♪ねえ、カノンおじちゃん。」
カノン「何だ？」
麗花「おじちゃんってお料理上手？」
カノン「俺はできん。」
麗花「おじちゃんのお料理って誰が作ってるの？」
カノン「サガだ。」
麗花「さが？」
カノン「俺の兄だ。」
麗花「おじちゃんのお兄ちゃん？」
カノン「そうだ。」
麗花「サガおじちゃん、カッコイイ？」
カノン「どこが！あんな奴はいらん！ちょっとした冗談を本気に取って岬送りにした奴！」






冗談じゃすまないんだがな、本当は。



麗花「？？？」
ちょっと感情が爆発し、うっかりギリシャ語で喋ってしまったカノン。







ドゴーン!!!






突然天秤座の聖衣の盾が飛んできてカノンの頭にヒットした。
カノン（あの爺!!）
春麗「大丈夫ですか？血が出てますよ」
カノン「大丈夫だ。メインブレドウィナには破れたが、柱をことごとく倒した聖衣だ。血が出るくらいで済むのは奇跡だ。」
麗花「大丈夫？おじちゃん！」
カノン「大丈夫だ。」
麗花「麗花、ママに言ってくる。」
血相を変えると麗花は王のいる畑に向かってしまった。
春麗「大丈夫ですか？」
カノン「サボったり勉強中以外は中国語で話してなきゃ、罰があると言ってたがこういうことだったか。」
春麗「すみません、老師に言われて私も仕方なく・・・」
カノン「春麗は老師の言う事は逆らえないだろう。」
春麗「でも、とてもお上手ですよ、中国語。」
カノン「勿論だ。あの地獄の特訓で話せる様にならなければ体が持たない。なんたって免許皆伝のために耐えてるんだからな。」
春麗「凄いです。」
カノン「デスマスク達に勝ったな。」
春麗「デスマスクさん達？」
カノン「聖域で中国語が喋れないのはデスマスクとミロだけだ。」
実は中国語はギリシャ語と同じように聖域では公用語なのである。理由が老師が中国出身だから。ただそれだけである。しかし、頭のできというものがあり、実力は天と地ほどの差がある。
カノン「サガはあれでも一級の資格持ってるからな。これみよがしに頭の差をみせつけるんだ。」
春麗「でも、カノンさんもう十分話せるじゃないですか。」
カノン「そうだ。俺はあっち組から卒業だ！待ってろよサガ！でかい面させないからな！ハーハッハッハ!!」





ドゴーン!!



今度はツインロッドが飛んできた。衝撃が頭に走る。
カノン「しまった・・・つい。」
春麗「感情的にならない方が良いみたいですね。」
カノン「そうだな。」
王「カノンさん、大丈夫ですか？」
麗花の手を引き、王がやってきた。
王「まあ、一体何が・・・・武器が空から降ってくるなんて・・・」
カノン「大丈夫だ。俺にしか降ってこない。」
王「手当てを早くしなくては。」
カノン「大丈夫だ。この程度なら自然に治る。」
王「でも・・・・」
カノン「俺は聖闘士だ。問題ない。」
王「血は・・・・？」
カノン「真央点をつけば大丈夫だ。」
狙いを定めて真央点をつく。すると、血はあっという間に止まった。
王「まあ！」
カノン「これで血は止まった。聖闘士たるもの真央点くらい知っている。」
王「カノンさんは拳法の達人でしたね、そういえば。」
王の思考はごく普通である。聖闘士は拳法の一種だと思っているのだ。
王「でも、聖闘士って中国ではみかけない武道ですのね。うちの主人も拳法を少々やってますが、カノンさんのは知りませんわ。」
カノン「まあ、八十八人しかいないからな。」
王「八十八人。それではその流派の技を体得するのにはさぞ苦労されたでしょうね。」
カノン「まあ、そうだな。大変だな。」
微妙だが、何とか会話が成り立っている。その時、ク〜ッという音が鳴った。
麗花「麗花、お腹空いた。」
王「もうお昼の時間ね。」
春麗「私達も一度戻って御飯にしましょうか。」
カノン「薪！薪を割らなくては！早くやらないと次はスピアーがやってきかねん。春麗！先戻ってるぞ！」
春麗「は、はい。」
カノンはツインロッドと盾を抱えると光速で家に戻っていった。



鉛筆が数十本ちびたある日。夕方の畑仕事を終えて、休憩時間だった。
カノン「なあ、春麗。」
春麗「何です？」
夕食を作るために厨房にこもっていた春麗の声だけが届く。
カノン「紫龍って本当に俺みたいにやってたのか？」
中国語を勉強してきてずっと心に感じてた事を尋ねた。
春麗「何がです？」
カノン「中国語。ここの家の棚って一つはノートで埋まってるだろ？」
春麗「はい、そうです。」
カノン「全部、紫龍が書いたノートか？」
春麗「私のも混じってますよ。」
カノン「春麗のも？」
春麗「私も老師に教わりましたから。」
カノンは立って棚からノートを何冊か出した。規則正しく中国語一と書いてある。ノートの角には龍の紋。別にも中国語一と書いてあるノートがあったがノートの角には花の紋。少し角張った筆跡とは別の丸文字風のいかにも少女らしい筆跡で書かれたノートがでてきた。
カノン「中国語は母国語だろう？」
春麗「私学校に行ってませんから。」
カノン「そういえば、そうか。」
春麗「それに、棚に入ってるのは中国語だけじゃありませんよ。」
カノン「他にあるのか？」
春麗「ギリシャ語と日本語のノート。どちらも必要だったので。合間を縫って一緒に勉強しました。」
なるほど。ノートのタイトルにギリシャや日本と書いてある物もある。
カノン「それならやっぱり睡眠時間は余程のものだろう。寝るのは何時だ？」
春麗「いつも九時半には寝てましたよ。」
カノン「何だと？睡眠時間三時間じゃないのか？」
春麗「いいえ。子供は寝なきゃだめだと、勉強をやりたがる紫龍を無理矢理ベッドに寝かしつけてましたから。」
カノン「ほ〜ぉ〜じゃあ、いつも夜遅くまでやってたことはないんだな。」
春麗「はい。いつも八時から九時までの一時間づつ。三つの語学をローテーションさせて勉強しました。」
カノン「あんの爺俺を騙しやがったな。」
春麗「カノンさん？」
カノン「俺は、紫龍がこなしたっていうから滅茶苦茶嫌だけど六時間もそれに付き合ってたんだ。爺の基準は紫龍にあるからな。しかし、嘘だったのか・・・それがわかればそれに準じる事はない！今すぐ抗議してあのシステムを改善・・・・」
老師「タダイマ。」
その時ひょっと老師が帰ってきた。
カノン「老師！今までよくも騙してくれたな！」
老師「何がじゃ？」
カノン「春麗から聞いた。俺に嘘ついたろ！」
老師「嘘？」
カノン「紫龍は六時間も勉強してなかったって言うぞ。」
老師「わしは一言も六時間もやっておったとは言っとらん。紫龍は勉強も修行も真面目にやったと言っただけじゃ。」
カノン「一時間と六時間じゃ相当のひらきがあるだろうが。」
老師「お前はパーだからそんくらいして鍛えとかんと。体力は殺しても殺されんくらいあるから心配はない。」
カノン「俺だって人間だ。そのうち死ぬ！精神分裂起こすぞ！」
老師「お前はサガほど精神ができた人間ではあるまい。それに、精神分裂起こした方が却って白カノンができて良いかもしれんしな。」



カノン「・・・・・・・・・・・・」
反論したいところだが、できない自分がいた。





老師「そうそう、お前今日誕生日なんだそうだな。」
いきなり話題が変えられた。言葉が不意なところで止まる。
カノン「そうだ。」
老師「今日は特別に・・・・・」
カノン「何だ？」

老師「七時間授業じゃ。」

カノン「何だと？」
老師「嬉しいか？」
カノン「嬉しくない！」
老師「そうか？紫龍は勉強を長く教えてやると言ったら、感謝の言葉を述べて喜んだものだが・・・・」
カノン「俺はカノンであって紫龍じゃない！」
老師「ま、遠慮はいらん。今日もしっかりとやろうな。」
カノン「だ〜か〜ら〜」
老師「夕食食べたらすぐ始めよう。」
カノン「俺は!!」
老師「文句があるのか？」
小宇宙を猛らせる老師。その小宇宙はカノンなんかメではない。
カノン「・・・・・分かったよ・・・・」
老師に逆らう事は地球の自転を変える事より難しい。老師の怖さはカノンの身体が良く知っている。
カノン「なあ、あとどれくらいで免許皆伝くれるんだ？」
老師「そうじゃな・・・・あと五百時間くらいかの。」
カノン「ご・・!!」
老師「今日七時間して残りは四百九十三時間。」
カノン「・・・・・・」
システムは変えられ無さそうだ。今願う事は春麗の食事ができあがるのが一秒でも遅くなる事だった。本来ならめでたい日の筈なのに稀に見ない勉強しながら日付を越えるという、最低な誕生日だったのだった。免許皆伝まで後、四百九十三時間である。