壮大な大掃除

チッチッチッチッチ・・・・・目覚まし時計が時を刻んでいる。現在五時五十九分。六時まで後二十秒である。

チッチッチッチッチ・・・・・・十、九、八、七、六、五、四、三、二、一
ガバッ!!
タン!!
カノン「ふう・・・・間に合った。」
ほっと胸を撫で下ろすカノン。すっかり六時ジャストに起きる習慣がついたカノン。それもそのはず、もし起きなければライブラの聖衣が容赦なくカノンを襲うからである。
カノン「ベルと同時にライブラの聖衣が飛んでくる仕掛け何とかして欲しいよな。おかげで、六時起きの習慣が身についちゃったじゃないか。」
そう言いつつ、パジャマを脱ぎ、畑仕事着に着替え、ちゃんとパジャマをたたんだ後シーツを綺麗に直す。ブラシで髪をとかして、支度は完璧。これもライブラの聖衣の教育の賜物。後は朝食を食うだけである。
カノン「今日の飯は何かな。」
楽しみにしながら居間に行ったのだった。

カノン「あれ？」
居間は誰もいなかった。老師がいつも最後に登場するのは当たり前だから気にしないが、春麗の姿が見えない。台所から良い匂いもしない。
カノン「春麗、起きてないのか・・・・・」
しばらく待ってみたが、起きる気配がない。
カノン「むう。春麗もあの体でくるくると毎日働いてるし、寝坊もいいだろう。俺がとやかく言う事じゃないし。畑で大根食ってくか。あ、そろそろトウモロコシも収穫だな。」
カノンは籠を手に持つと、畑へと向かった。

畑に辿りつくと、見なれない男がいた。オレンジの髪の毛に、オレンジの瞳。誰かに似てる気がする。
王「あなたがカノンさんですか。」
カノン「ああ、あんたは・・・・」
王「麗花の父親です。」
カノン「あんたが忙しい料理人の麗花の父親か。」
王「はあ、そうです。」
カノン「王婦人は？今の時間なら一人で雑草とってるだろ。」
王「今日私休みなので。寝てもらってます。」
カノン「なるほど。で？俺に何か用か？」
王「いつも、麗花を可愛がってくれている様でありがとうございます。」
カノン「可愛がってるかどうかは凄い疑問だが・・・・」
王「私は、白龍酒家の調理主任をしていますので、店を休む事はできません。」
カノン「そりゃそうだ。」
王「うちに帰るのも遅いですし、麗花と会えるのも数えるほどです。」
カノン「大変なんだな。」
王「私がいないぶん、萌菜（王婦人の名）が麗花の面倒を見ていますが、やはり、父親がいないと寂しがるのか、どうも人見知りが激しくて。」
カノン「確かにな。どうにかした方が良いと思うぞ。」
王「そんな中、いつも麗花がカノンさんのことを口走るので、是非お礼をいいたいといつも思ってました。ありがとうございます。」
カノン「礼を言われる覚えは無い。」
王「何かありましたら、是非、家を訪ねてください。妻も、私も喜んでお迎えしますから。」
カノン「何か・・・・ね。考えておく。」
王「良かった。」
王は微笑むが、カノンは表情をあらわしがたかった。何せ、自分が王家を頼る時は、老師がとてつもなくキレて追い出されるということである。できれば避けたい。しかし、カノンの思惑とは裏腹にあっさりとお世話になってしまうということを未だ知らなかったのだった。

カノン「ただいま〜。」
カノンは収穫を終えて家に帰ってきた。もう九時近いので、起きててもいいだろう。爺は眠ろうが永眠してようがきにならないが、春麗がいまだに起きていないことにカノンは不安を覚えた。
カノン「春麗・・・・悪いが、入るぞ。」
丁寧にノックまでして戸を開ける。
春麗「あ、カノンさん。」
春麗はベッドに横になっていた。
カノン「どうかしたか？もう九時だぞ。俺なんてもう畑仕事してしまった。」
春麗「あれ、もう九時なんですか？」
カノン「寝不足か？それにしては顔が赤いな。」
春麗「そうですか？」
カノン「ちょっと顔貸せ。」
カノンが春麗の額に手を置く。手を置いた瞬間、カノンの顔色が変わった。
カノン「春麗、熱がある。」
春麗「え？」
カノン「かなり高いぞ。風邪でも引いたんじゃないのか？」
春麗「あ・・・・そういえばちょっと眩暈が・・・・」
カノン「今日は一日中寝てろ。」
春麗「でも、朝御飯がまだ・・・・・」
カノン「俺一人くらいなんとかなる。」
春麗「ですが、カノンさんはお客様・・・・・」
カノン「老師にあれだけの扱いうけてお客様な筈があるか！静かにしてろ。これ以上熱があがったら、老師に何か言われるのは俺だ。」
春麗「分かりました。」
優しい言葉のようで、実は自己チューな発言だと言う事に春麗とカノン双方気付かない。深呼吸すると、春麗は目を閉じた。
カノン「さてと・・・・」
これからの事をする為とりあえず部屋をでた。まずする事は料理だがサガに頼り切っていた為料理などできない。しかし、春麗に頼る事はできないので己で作ることにした。
カノン「食材はあるから適当に作るか。」
包丁を出して、収穫してきた野菜を洗わずに切り出した。人参、トウモロコシ、ニラ。土の中に住んでる子ばかりだ。適当に切り刻んだ後、鍋に水を入れ、野菜を放りこんだ。
カノン「これで、煮こめばできあがりだな。カノン特製スープだ。」
うんと満足そうに頷く。水面に泥が浮いてる料理が美味しい筈は無い。出汁もとっていない。スープでも何でも無い。無知とは恐ろしいものだ。
カノン「あ、火を起こさなきゃな。」
竃に薪をぎゅうぎゅう押しこんだ。隙間すらないほどに。
カノン「えっと、春麗はこの後、火をここに入れてたよな。」
木を擦って瞬時に火を起こす。薪に木をおしつけるが、すぐに火は消えてしまった。
カノン「何故だ!?春麗の時はあんなに轟々と燃えあがるのに。」
ぎゅうぎゅうに押しこんだ薪に火がつくのなら一度見てみたいものだ。空気の逃げ場もないのだ。つくはずが無い。従って何遍繰り返したところで無駄である。
カノン「くそ!!!」
大分人間的に変化はあるものの、根底は変わらないのが人間である。生来の短気、単純は変わってなかった。
カノン「ええい！これでも食らえ！」
そう言って投げつけたのは油。揚げ物用である。
カノン「ふっふっふ。」
笑いが既にガキそのものである。
カノン「俺の言う事を聞かないから、そう言う事になるのだ。」
命を持たない薪に話しかけるところ、相当ストレスがたまってるのだろうか。
カノン「さて、もう一度だけ猶予をやろう。もしもう一度やってつかなかった時は、異次元に飛ばしてやるからな。」
木を持ちながら不敵に笑うカノン。パシュッと言う音で全ては終る。
パシュッ

ゴオオオオオオ!!!!!
天井に到達するほどの勢いで、火柱が立った。
カノン「おい！そこまでやれとは言ってない。言ってないぞ！」
焦げ臭い匂い。天井が焼け始めている。恐ろしいスピードで辺りにも広がり始めている。
カノン「こ、こりゃいかん！逃げなくては！」
火を消さなくてはという考えは浮かばないのか、そのまま春麗の部屋まで向かった。
カノン「春麗！」
春麗「ん。カノン・・・・さん？」
カノン「逃げるぞ、春麗！」
春麗「え？」
カノン「おっと、家具とかも持っていかなきゃな。」
カノンは、春麗の奥の壁を拳で破壊した後、ベッド、棚、ドレッサー、春麗を抱えて、破壊した壁から外に飛び出した。十メートル程逃げて、どさりと荷物を降ろした。
春麗「あ、家から煙が・・・・」
カノン「火事になってしまったんだ。火の加減を薪が間違えてな・・・・」
春麗「そ、そうですか。」
熱がある所為か、カノンの発言につっこめない春麗。
カノン「は！家にはまだ家具が！全部取ってこなくちゃ老師に何を言われるか！」
春麗「カノンさん！」
カノン「春麗はそこでおとなしくしてろ。絶対動くな！」
そう言い捨てると、火の海に飛びこみに行ったのだった。

それからのカノンは果敢であった。まずキッチンに飛びこみ、すっかり火の海で飛びこんだら死ぬのに、食事の棚、調理用具を持ってきた。髪の毛をはたいて火を消した後、今度は本棚に向かった。あと一センチで、紫龍達の勉強ノートに火がつきそうだったが死を覚悟して守った。それから、居間のテーブルに茶箪笥、紫龍の部屋の荷物を全て運んだ。酒蔵は、母屋からは少し離れているので、大丈夫だった。

春麗「カノンさん・・・・・・」
カノン「紫龍のノート、ベッド、棚、バスタオル、パジャマ・・・・・あれもこれもよし。物干し竿もある。よし！全部あるぞ！」
春麗の周りには家具で一杯であった。一家大移動でもするのかという勢いである。
カノン「よし、これで大丈夫だ・・・・・」
家具を指差し確認して安堵した。
春麗「あ、ら？カノンさん老師は？お逃げになりましたか？」
カノン「え？老師!?」
その時大きな音を立てて、家が崩れ落ちた。完全に燃え尽きたのか、火は消え、煙が立ち昇った。
春麗「まさか・・・・・」
熱で赤っぽいが、蒼白になっているのは間違い無い。
カノン「老師・・・・・・」
安らかに眠ってくださいと言おうと思った瞬間
ガザッ
と残骸が崩れ、人間キノコが登場した。ヒョコヒョコと顔が大分すすけているようだが、しっかりとした足取りでカノンに向かってくる。
春麗「老師！ご無事で何よりです！」
老師「うむ。心配かけたの。大丈夫じゃ。ピンピンしとる。」
春麗「本当ですね、良かった。」
涙をポロポロ流し、手で覆った。老師は春麗の頭を優しく撫でた後
老師「カノン。これは・・・・・大掃除かの？」
あくまでも普通に尋ねた。
カノン「・・・・そうです！大掃除です。すっかり綺麗になったでしょう！」
老師「家から片付けるとは壮大な大掃除じゃの？なあカノンよ。」
カノン「あ、ははは・・・・」
冗談めかしているが怒っている。明らかに怒っている。
老師「大掃除をするならばまず害虫を片付けることから始めんとな。」
カノン「はははは、害虫。」
老師「非常に気の毒じゃが、カノンはしばらく王夫妻の所で暮らしてもらおうか。しっかりと小間使いされるといい。ちなみにこの場合気の毒というのは王夫妻のことじゃぞ。」
カノン「・・・・・・はい。」
逆らえる雰囲気ではない。
老師「春麗。」
春麗「はい、老師。」
老師「健水や美晶に頼んでおく。紫龍のところへ行きなさい。」
春麗「え、紫龍のところに？」
老師「そうじゃ。熱があるのは知っておるが、信頼できる紫龍の家にとまった方が病気も早く回復するじゃろう。」
春麗「老師は？」
老師「家の再建の為にちょっと出かける。そうそう、そのツケは聖域に送りつけておくから。カノンの所為だと付け加えておこう。」
カノン「俺の所為ですから、お好きな様に。」
老師「春麗、辛いとは思うが、日本で暮らすんじゃぞ。」
春麗「老師・・・・・」
老師が春麗にいいこいいこする。目が微笑みを浮かべた後、カノンを見た。鬼の形相である。
老師「王夫妻に迷惑をかけんようにちょっと手を出せ。」
カノン「・・・はい。」
素直に手を出す。
ズシッ
突然の重み。ひょっと腕を見てみると、手足に重そうな金色の枷がはめられていた。
老師「これは、ライブラの聖衣の変形。黄金聖闘士が何人かかろうとびくともしない。」
カノン「あの、何キロですか？」
老師「一つ千キロ。四つじゃから四千キロじゃな。」
カノン「麗花宅、沈没してしまいますよ。」
老師「心配無い。麗花の家にいる時は、重さは何と百グラムになっとる。」
カノン「どういう作りだ。」
老師「だからと言って、一日中家にいるようなら容赦なくライブラの聖衣が襲いに来る。」
カノン「ライブラの聖衣、変形に使ったんじゃないのか？」
老師「まだ、八つ残ってるからの。ま、心配するな。」
カノン「心配するよ・・・・」
老師「それじゃ、一週間後また会おうな。」
カノンの不手際中の不手際で、家が燃えてしまった。春麗もカノンも、一週間もの間、居候生活の開始である。