健気な花

老師「ムウからは聞いておる。しっかり励めよ。」

いきなりムウに拉致されて今度は五老峰幽閉。納得ができないのは当然であった。
カノン「何で俺が五老峰で過ごさなきゃいけないんだか。」
畑仕事をいうまでもなくさぼるカノン。もうすぐ日も沈むというのに水やりどころか雑草抜きまで終わっていない。本来ならもう今日の野菜の収穫にはいってなければいけないはずだ。
カノン「今日は良い天気だな。」
雲一つ無い紫の空。明日も晴れだろう。寝っころがりながら呟く。
カノン「もうそろそろ夕飯かな。帰るか。」
カノンは全く使わなかったクワと如雨露を持つと家に戻った。

春麗「おかえりなさいカノンさん。」
春麗は洗濯物をたたんでいた。
春麗「お野菜、何か採れる物はありましたか？」
カノン「いや・・・・」
畑仕事をしたことないカノンにそんな事言われても分かるわけない。
春麗「そうですか。ではお買い物に行ってきますね。留守番お願いしても良いですか？」
カノン「ああ。」
春麗「それじゃ行ってきますね。」
春麗は財布を持つと、家を出ていった。カノンは寝っころがった。老師の家は凄く古い。建築二百年はざらに経っていそうな感じだ。それでいてキノコが生えていないというのには驚きだ。カノンなんてサガがいなかったら半年でキノコが生えるだろう。巨蟹宮のようにキノコだらけの宮・・・・別の意味で気味が悪い。
カノン「そういや、彼女はどこに買いに行ってるんだ？」
春麗は商店街に買っているのだ。沢山のファンを持つ春麗はそこで格安の値段で物を売ってもらっているのだ。カノンは動くのも面倒なのでうつらうつらと転寝をしていた。

春麗「只今戻りました。」
春麗が帰ってきたのは約一時間後。昂の所でネギと椎茸と筍を買い、小綾の所で鶏肉と豚肉を買い、李の所で白身魚を買った。相変わらずの大サービス。袋が弾けそうなほど食材が詰まっている。
カノン「遅かったな。」
春麗「ごめんなさい。ちょっと小綾や李さんと話しこんでいましたから。」
カノン「腹減った。」
春麗「すぐ作り始めますね。」
そう言って台所に行くのかと思いきや、春麗は外に出た。しばらくしてカコンカコン音がした。
カノン「なんの音だ？」
カノンが外に出てみると、春麗は薪割りをしていた。
カノン「何してるんだ？」
春麗「手際が悪くてごめんなさい。昼食に薪を使ったら以前紫龍が切ってくれた分が無くなってしまったので。だから薪を切ってるんです。」
カノン「薪なんてその日のうちに切っておけ。」
春麗「すみません。」
カノン「あとどれぐらいで終わりそうだ？」
春麗「あと二十本くらいいいですか？明日の朝食の分と今日のお風呂の分も切っておきたいので。」
カノン「まあ別に構わないが。できるだけ早くしてくれよ。」
春麗「分かりました。」
カコンカコンと薪を割っていく。足元が少しふらついてるが切り口ははっきりしている。
カノン「家の中で待ってるな。少し寒くなってきたから。」
春麗「はい。」
上気した顔をみせ、笑う春麗。カノンはそんな春麗を見て、家の中に戻っていった。

カノン「春麗。」
春麗「はい。何ですか？」
カノン「味が薄すぎるんだが・・・・」
食事時。今日のメニューはチャプスイ。老師の為に薄口にしてある。本当は精気溢れる十八歳なのだから春麗の気遣いはあまり意味の無いものなんだが。
春麗「味、薄いですか？」
カノン「全然味を感じない。それにこのドロドロは何だ？」
春麗「チャプスイは片栗粉で濃度をつけるんです。老師はあんかけがお好きだから多めにしてるんですけど。」
カノン「何か腐ってるみたいで嫌だ。」
春麗「ギリシャの方には口に合いませんか。では何かお作りしますね。それまでサラダでも食べていてください。」
カノン「ああ。」
カノンが箸を使って食べ始める。しかし、彼はギリシャ人。箸を使うなどという高等技術は持ち合わせていない。何度か挑戦したがするりとレタスは箸をすり抜けていくので、箸の無い時代だった頃の行為を行った。
老師「カノン・・・・・」
カノン「しょうがないだろ。箸使えないんだから。」
原始人状態のカノン。何の為に綺麗に盛ったのかわかりゃしない。それでも二十八なのだろうか。
春麗「お待たせしました。」
春麗が湯気の立つお皿を持ってやってきた。こめかみの辺りには汗が滲んでいる。
春麗「えっと、余り物で作ったんですが・・・・餃子です。」
カノン「ギョーザ？」
春麗「小麦粉の皮で具を包んだものです。蒸し餃子にしてみました。」
コトンとカノンの前に皿を置く。出来立てなので湯気がほやほやたっている。蒸し餃子なので、皮が透けて中身が見えている。そんなできたてをその場で食べるなんて料理の極みともいえる。カノンは春麗の餃子を口にいれた。
春麗「どうですか？お口に合いましたか？」
カノン「熱い！火傷したぞ。」
春麗「大丈夫ですか？」
カノン「薬はないか？」
春麗「口の中にお薬は塗らない方がいいです。唾液で溶けちゃいますし。」
カノン「何でスープがでてくるんだ。火傷したじゃないか。」
春麗「肉汁です。肉から出てきた肉汁と野菜と皮があいからまって美味しいのですが、すみません、驚かせてしまいましたか。」
カノン「まあ不味くないからいいが・・・・次からは気をつけてくれよ。」
春麗「明日からは水餃子にしますね。」
老師「・・・・・・・・・・」
平静を保っているが、老師の堪忍袋はかなり限界にまで高まっている。皺で隠れて見えないが、怒りの四つ角は少なくとも三つはでている。血は繋がっていなくても春麗は老師にとって大事な娘（なのか？孫なのか）。ぞんざいな扱いをうけるなんて言語道断。春麗の扱いは、春麗を心から大切にしている紫龍のものしか知らないので尚更だった。
春麗「老師、どうかなさいましたか？」
老師「ん・・・・」
春麗「先ほどから黙ってらっしゃいましたからお身体の具合でもお悪いのかと。」
老師「いや、ちょっと物思いにふけっただけじゃ。」
春麗「そうですか。」
カノン「聖戦終わったからボケが進行したのかと思ったぞ。」
老師「あのな。」
この時点で紫龍と違う。言わなくても分かるだろうが、紫龍は生死を冗談にとっても怒りこそすれ安心する。
老師「春麗。これは畑の野菜かの。」
春麗「いえ、昂君のところのお野菜です。無農薬有機栽培の物ですよ。安心してください老師。」
老師「先刻畑を通ってきた時、人参が生っていたから今日はてっきり人参を使った奴なのかと思っていたが・・・・」
春麗「え、でもカノンさんが生っていた物は一つも無いって言ってましたけど。」
カノン「俺には分からなかった。」
老師「まあ、人参がそもそもどんな形だか分かるかどうか怪しいものだ。」
春麗「カノンさんは人参お嫌いですか？」
カノン「好きじゃないな。サガが無理矢理に食べさせたからな。」
老師「子供か、お前は。麗花の方がずっと大人だぞ。」
カノン「麗花？」
春麗「お隣さんの娘さんでとっても可愛い女の子なんですよ。」
老師「わしから言わせてもらえば、麗花の方が純粋で真面目で素直じゃ。お前はどこでそんな性格になってしまったのかのう。」
カノン「んなこと知るかよ。何も知らない子供と俺を比べるなよ。」
老師「じゃあ紫龍となら比べても良いのか？」
カノン「紫龍とか？」
老師「紫龍は箸の先っぽ一センチくらいしか濡らさんぞ。まあ、お前は手掴みだから綺麗も何も無いがな。食い散らかさないし、春麗の食事に文句を言った事も無い。お前が初めてじゃぞ、春麗の料理にケチをつけたのは。」
春麗「カノンさんはギリシャの方ですから仕方ありませんよ。どうしても受けつけられないものがありますよ。」
老師「・・・・・哀しい。」
春麗「すみません、老師。私、老師を悲しませるような事をしましたか？」
老師「いや、そうではない。安心しろ。」
春麗「は、はあ。」
カノン「ごちそうさん。」
カノンがグイと唇をふいた。老師の言葉に殆ど耳を傾けていない。
春麗「お粗末さまでした。どうでした？お味。」
カノン「ま、悪くはないんじゃないか？」
春麗「そうですか。良かったです。」
老師（何時からお前はここの主になったのじゃ！サガと対立する理由とやらも良く分かって来たわい）
春麗「明日は私も畑に行きますからね。」
カノン「そうか。老師は？」
春麗「老師はお魚を釣られたり、瞑想なさったりしていますよ？」
カノン「あんたが一番春麗の負担になってるんじゃないのか？」
春麗「カノンさん、それは違いますよ。私が老師のお世話になってるんです。老師の負担になっているのは私のほうです。育ててくださっているのだから体力奉仕するのは当然ですよ。大丈夫です。慣れてますから。」
カノン「そうか。じゃあいいけどな。」
カノン（明日はサボリはできないかな。面倒だ）
明日も仕事をする気はなかったらしい。カノンが五老峰に幽閉されてから、春麗の苦労はどうやら増えているばっかりだ。明日は、カノンがさぼった畑仕事二日分を春麗だけがやるのだが、水やりをしていないため、野菜達が枯れかけており、肥料を買いに行くなど、手間が増えたのだった。