本とカノンと麗花と

カノン「面倒だ。毎日毎日毎日。」
今日も殆どサボリ状態のカノン。雑草をいい加減に取り、水もいい加減に適当に振り掛けてある。畑の脇の土手で寝っころがっていた。
春麗「カノンさん。」
カノン「春麗。」
春麗がお弁当を持ってやってくる。
春麗「いつもご苦労様です。お弁当持ってきました。」
カノン「悪いな、春麗。」
春麗「いえ。畑仕事はもう終わりましたか？」
カノン「いや・・・・・・」
春麗「終わっていないのですか？」
カノン（怒るかな・・・・・サガなんて雨が降りだして、外に出した洗濯物取り込まなかったくらいで怒り出したからな）
春麗「慣れない事は疲れますものね。私やりますから休んでいてください。あ、お弁当、気に入らなければ残してくださいね。」
そう言って自分用の軍手をはめ、畑に入っていく春麗。カノンはバスケットの中のサンドイッチを食らった。
カノン（随分野菜が多めだな。それにやっぱり味が薄い）
バクバクと口に入れていくカノン。その時春麗というと丁寧に一つずつ雑草を取り、一つ一つに均等に水をかけていた。春麗の表情は野菜に愛情をこめているようだ。しかし時折ため息をつく。
カノン「大丈夫か？」
春麗「大丈夫ですよ。それより、そのサンドイッチのお味はどうですか？」
カノン「・・・・・・・悪くない。」
春麗「そうですか。良かった。」
そう言ってニコッと笑う春麗。
カノン「春麗。俺もやる。」
春麗「いいですよ。そこでお弁当食べていてください。私一人でできますから。」
カノン「いや、俺もやる。」
カノンは軍手をはめなおして畑に入った。雑草を思いっきり引っこ抜く。
ポコポコポコ
雑草の根が膨れている。
カノン（何だこのポコポコポコ膨れている根っこは）
隣の似た奴も引っ張ってみる。
ポコポコポコ
同じポコポコしたものがある。
春麗「どうかしましたか・・・・カノンさん！それは・・・・」
カノン「雑草を引っこ抜いたんだが、何か病気にでもかかっているのか？根っこがボコボコ膨れているぞ。」
春麗「カノンさん、それは雑草じゃなくてサツマイモです。立派な農作物ですよ。」
カノン「雑草じゃないのか。」
春麗「はい。秋に収穫しようと思っていたサツマイモだったんですが・・・・」
カノン「俺は悪くない。雑草とサツマイモが似てるから間違えたんだ。」
春麗「そうですね。サツマイモは雑草みたいですからね。カノンさん、そのサツマイモ、貸して下さい。」
カノン「どうするんだ？」
春麗「干して、乾かしたら肥料にします。」
カノン「そうか。」
春麗にサツマイモを渡す。
カノン（何か気分が変だ。言い返してこない所為だろうか。サガみたいに言い返してきて千日戦争の方が気分がすっきりする）
春麗「カノンさん、お弁当食べましたら一緒に家に戻りましょう。」
カノン「もうスッカラカンだ。」
春麗「そうですか。一緒に食べようと二人分入ってたのですが。」
カノン「そうだったのか。」
春麗「家に戻れば冷や飯もありますし、食べてしまっても大丈夫ですよ。」
カノン「悪かったな。」
春麗「いいえ。さ、終わりましたから帰りましょう。飲み物おだししますね。」
カノン「酒あるか？」
春麗「はい。お口に合うと良いのですが・・・・」
カノン「飲んでみんと分からんな。早く飲ませろ。」
春麗「はい。分かりました。」
カノンは軍手を外すと畑からでた。春麗も如雨露を持つと、家までの道をゆっくりと歩く。四つ角に差し掛かったとき、
？？「キャッ。」
ポテンと言う音と、小さな悲鳴が聞こえた。カノンは目線を下ろす。
？？「お・・お姉ちゃん。」
小さな女の子だった。ショートボブの髪で、耳にかけるあたりの髪は肩下のあたりまである。少し変わった髪形である。
春麗「麗花ちゃん！」
カノン「麗花？」
春麗「お隣さんの娘さんです。こんにちは、麗花ちゃん。どこ行くの？」
麗花「えと・・・・ママに頼まれておつかい・・・・」
春麗「何を買いに行くの？」
麗花「昂お兄ちゃんのところのトマト。」
春麗「偉いね、麗花ちゃん。」
麗花「お姉ちゃん。この人誰？」
春麗「紫龍のお友達のカノンさんよ。」
麗花「お友・・・・達？」
春麗「そうよ。はい、お人形。」
春麗は落とした白い子猫の人形を麗花に渡した。
麗花「この人・・・・怖い。」
春麗「怖くないわ。大丈夫よ。」
そう言っても、麗花は白い子猫の人形をギュッと抱きしめている。
麗花「麗花、おつかいの途中だから行かなきゃ。」
春麗「そうね、頑張ってね。」
麗花「うん。またね、春麗お姉ちゃん。」
麗花はトコトコと商店街まで歩いていった。
カノン「何なんだ。全然分からなかったぞ。」
春麗「カノンさんは中国語分からないのですか？」
カノン「ありがとうくらいがせいぜいだな。」
春麗「そうですか。お使いだそうですよ。昂君のところでトマトを買うそうです。」
カノン「何か、怖がっている様に見うけられたが。」
春麗「人見知りするだけですよ。」
カノン「そうか。気が弱そうだな。」
春麗「優しい子ですよ。」
カノン「俺は自分のいいたい事言えない奴嫌いだぞ。」
春麗「そんな子じゃないですよ、麗花ちゃんは。」
その時は何も思わないでいた。麗花が中国語しか話せない事も。カノンが中国語を理解できない事にも。

その翌日の事である。カノンはいつものとおり、殆どサボっていた。だがサツマイモを引っこ抜くようなポカはしていない。
カノン「あ〜、久し振りに真面目に働くと肩がこる。」
どこが真面目だよとつっこみをいれたくなるが、カノンの場合、この程度が真面目。カノンが大きく背伸びをした。その時、地面に落ちている何かを見つけた。
カノン「何だこりゃ。」
カノンは拾いあげた。それは本だった。汽車と書かれている。
カノン「本か。そう興味は無いが、ここでの暇つぶしになるだろう。持っておくか。」
軽く本をはたくと懐に入れた。そして居眠りを始める。軽く意識を感じるくらいの薄い意識の中にカノンはいたが、眠りを妨げるものがあった。ペシペシと頬を誰かが叩いているのだ。
カノン「誰だ？」
カノンが目を開ける。瞳に写ったのは麗花だった。
カノン「何か用事か？」
麗花「・・・・・」
カノンのギリシャ語にびっくりしたのか、パクパクと小さく動かし、つぐんでしまった。
カノン「用事がないならどこかに行け。」
麗花「あ・・・・」
カノン「行けったら！」
怒声を浴びて言葉は分からなくても理解したのか、ゆっくりとたちあがると、テクテクと去っていった。どこか元気が無さそうだったが、カノンはお構いなしで、残りの時間を寝て過ごしたのだった

？？「すみません！麗花来てませんか？」
夕食を始めて数分経った頃だった。
春麗「王さん。どうかしたんですか？」
王「麗花がここに来ているかと思ったんですけど。」
老師「今日、夕食を共にするとは言ってはいないが。」
王「そうですか。やはり・・・・そうですよね。ご連絡受けてないですものね。」
落胆するような王に春麗の顔色が変わる。
春麗「どうか・・・したんですか？麗花ちゃん。」
王「麗花が帰ってこないんです。」
春麗「ええ!!」
王「遊びに行くって言ってでてったきりなんです。ここにお邪魔してくれたらとそればかり思っていたのですが。」
老師「どうしたのかのう。父親のお店に行ったということは無いのか？」
王「真っ先に主人に尋ねたのですが、行ってない様なんです。今、お店は忙しくて抜けられないそうですが、出来る限り早く帰って麗花を探すと言ってくれました。」
春麗「私も探します。麗花ちゃんのこと心配ですから。」
春麗がサッと立ちあがる。
カノン「どうしたんだ？春麗。」
春麗「あ、カノンさん。カノンさんはゆっくりお食事していてください。」
カノン「何かあったのか？」
春麗「麗花ちゃんが家に帰ってこないそうなんです。」
カノン「家出か？」
春麗「まだ五歳なのにそんな事するわけありませんよ。それに麗花ちゃんはお父さんもお母さんも大好きなんです。家出するなんて絶対にありません。」
カノン「何で分かる？俺は身内に今現在こうされて大嫌いだぞ。」
春麗「麗花ちゃんが持っている人形は、麗花ちゃんが五歳のお誕生日のプレゼントにそこの王さんご夫妻が送られたものなんです。いつも大事に持っていて、大嫌いなら肌身離さず持っている訳が無いじゃないですか。」
カノン「なるほど。」
春麗「カノンさんはお留守番していてください。」
老師「どうせ役に立たんじゃろうしな。さて、わしも行くか。」
カノン「老師も行くのか？」
老師「人手は沢山あったほうがよいじゃろう。カノンは静かにまっとれ。」
カノン「そこまで人にバカにされると反抗したくなる。俺も行くぞ。」
老師「好きにするといい。」
期待していない老師。四人は麗花を捜索しにでかけた。

春麗「一体どこに行ってしまったんでしょう。」
老師「麗花の足じゃそう遠くは行けまい。春麗、麗花のよく行くところは？」
春麗「畑か、大滝の所か花畑か商店街でしょうね。」
王「すみません、手分けして探してくれますか？」
春麗「勿論ですよ。」
春麗は商店街、王は畑、老師は大滝、カノンは花畑となった。勿論老師はサボらない様に釘をさしておいた。
カノン「全く、あいつは何をしてるんだ。迷子にでもなったのか。」
ぶつくさ言いながら、花畑へ向かう。春麗の言う通り花畑の道は一本道だから迷わずに行けた。カノンを指定したのもそれが理由かもしれない。鬱蒼とした林をぬけると広がったのは花畑。綺麗な花が一面に咲いている。
カノン「この辺にいるのか？麗花―！麗花―！」
？？「・・・・・・はい。」
と、小さな声が聞こえた。
声の聞こえた方向に目を移すと、花にうずもれて、麗花がちんまりと座りこんでいた。
カノン「お前、何やってるんだ！こんな遅くまで！」
カノンがサガに今まで言われ続けてきた台詞である。
カノン「親がどんなに心配してるのか分からないのか！」
これも親の部分を変えれば同じである。
カノン「御飯もとっくに冷めてしまったぞ、お前の所為で。いつもなら春麗の味の薄い料理を食べているのに。」
ここまで言うと、自分が言われてきた事そのままだと気づく。
サガ（なるほど。サガはいつもこういう風に心配していたのか。おしつけとか干渉とかだと思ってうざったくて仕方なかったが）
言葉は分からなくても雰囲気で分かるのか麗花から涙が零れた。
麗花「ヒックヒックウ・・・・ウェーン。」
カノン「う・・・・・」
自分がいじめているような錯覚を覚える。
カノン「泣くな泣くな。何か老師とかみつかったらヤバイ事になりそうだから。」
老師「何じゃと？」
突然現れた老師達だった。
カノン「老師!?何で!?」
老師「ホッホッホ。カノンの闘争的な小宇宙を感じたので、これはと思って飛んできたのじゃ。」
カノン「こいつが泣いたのは俺の所為じゃ・・・・」
老師「分かっておる。心配するな。」
王「何で帰ってこなかったの？心配したでしょう。」
麗花「あのね、麗花ね、無くしちゃったの。」
王「無くしちゃったって何を？」
麗花「昂お兄ちゃんがね、貸してくれた車の本。」
王「そんなの借りたの？」
麗花「今日、ママ麗花にじゃがいも買ってきてって言ったでしょ？」
王「ええ。」
麗花「その買い物に行った時、昂お兄ちゃんが、香港で買ってきた車の本を買っていろんな車が載ってて面白いから見てみろよっていうから借りたの。」
王「それで？」
麗花「家に帰る途中で落としちゃったみたいなの。それで、昂お兄ちゃんに返せなくなって・・・・・麗花、悪い子だから・・・」
春麗「帰れなくなっちゃったのね。」
老師「麗花は良い子じゃ。そんなに責めなくてもよい。正直に話して、それで弁償しろと言うのならその金を払えば良いだけの事。」
王「こうやって家に帰ってこなくなる事の方がずっといけないことよ。」
麗花「ごめんなさい。」
王に抱きつく麗花。感動的だが、それに対応しきれない人物が一人いた。カノンだった。
カノン「どういうことだ？説明しろ。」
春麗「あ、はい。麗花ちゃん、昂君から借りた車の本を無くしてしまったみたいで、自分は悪い子だと思って帰れなくなってしまったようなのです。そんなことありませんよね？」
カノン「そんなこった分からんが、本なら俺一冊拾ったぞ。」
老師「車の本か？」
カノン「いや。汽車の本。」
春麗「汽車ですか。なら別の人が落とした物でしょうね。」
カノン「だろ？この本、変でさ、汽車の本なのに車ばっかり写ってるんだぜ。間違い無く欠陥品だぜ。」
老師「それ、見せてみろ。」
カノン「え？」
老師「いいから！」
老師に急かされてしぶしぶ懐から本を出すカノン。本を見せた途端麗花がピクッと反応した。
麗花「昂お兄ちゃんの本！」
全員「何!?」
麗花が愛しそうに本を抱きしめる。
老師「カ〜ノ〜ン〜」
老師の小宇宙が高まる。
カノン「ちょい待て。これは汽車だろう！どこが車なんだ！麗花の言ってるのは、タイトルも車だろう？」
春麗「カノンさん。ここは中国です。日本じゃありません。中国語では汽車と書いて車と読むんです。」
カノン「何!?」
老師「どうやらお前にも責任の一端はあるようじゃな。」
カノン「ちょっと待った。俺は麗花に尋ね・・・・あ！」
ペシペシと人見知りの癖にカノンにちょっかいをだした麗花。それはきっと本のことを聞こうとしていたのだろう。人見知りの麗花がほぼ初対面の人間に話しかけるなんて余程勇気の要ったことだろう。
老師「心当たりがあると。」
カノン「・・・・・・」
タラタラタラと冷や汗が流れる。前聖戦にも生き残った戦士である。キレれば、たとえ今皮を被った老体だろうとカノンなんかがかなう筈が無い。
カノン「ちょ、ちょっと待て！老師！悪かった！俺が悪かったから小宇宙抑えてくれ！何でもする！」
老師「本当か？」
カノン「ああ！」
老師「じゃあ、明日から中国語修行じゃ。」
カノン「うげ。」
老師「不満か？」
カノン「滅相もない。」
老師「よろしい。」
麗花「・・・・お名前は何て言うの？」
たどたどしく麗花が話しかける。カノンは春麗にこっそり聞いた。
カノン「何て言った？」
春麗「名前は何ですかって言ったんですよ。」
カノン「そうか。麗花。俺はカノンだ。カ・ノ・ン。」
麗花「カ・ノン？」
カノン「そう。カノン。」
麗花「カノンおじちゃん、本拾ってくれてありがとう。嬉しかった。大好き。」
カノン「？」
麗花「本拾ってくれてありがとうですって。」
カノン「偶然だし、俺にも責任はあるがな。とりあえず、うけとっておくよ。」
おじちゃんの部分をさりげなく避ける春麗。麗花の頭には、すっかりカノンおじちゃんという単語がインプットされてしまったのだった。