|
見上げるは愛の巡り〜４つのキスのテーマ〜
「紫龍、本当にいいの？」 ぬばたまのような黒い髪をアップにし、耳には赤い石のついたイヤリングをつけ、ルージュをひいた春麗が心配げに尋ねる。物憂げにしていても、春麗の美貌は冴え渡る。赤いチャイナドレスのスパンコールでさえ、彼女の前では引き立て役となってしまう。 「今日は春麗の誕生日なんだから、これくらいしたって罰はあたらない」 男である紫龍は春麗ほどはドレスアップしていないが、いつもの着慣れた紫のチャイナ服ではなく、パリッと糊のきいた黒のチャイナ服を着ている。今日は春麗の誕生日。これから五老峰から一番近い都にでかけ、食事をしに行くのだ。いつもは自宅でホームパーティなのだが、今年は外で食事をしようと紫龍が言ったのである。 「老師にご挨拶をしなくちゃ」 老師は留守番だ。この老体では都まで行くのが大変だからとのことだが、本音は二人の邪魔をしたくないからだろう。いるであろう、五老峰の滝を目指して歩き出す。滝へ続く道にはひょこひょこと青い若葉が芽を出している。 「黄昏時だと、また雰囲気が違うわね」 興味深げに言う春麗に紫龍も首肯した。五老峰は街灯がない。夕暮れの太陽を浴びているところはオレンジ色と個々の色が混ざり合い、届かない場所は黒々となる。水墨画に色がついたようなそんな感覚。いつもと違う風景を楽しんでいた時、小さな叫びと共に春麗がぐらりと体勢を崩した。 「大丈夫か、春麗」 「え、ええ、大丈夫」 膝を折り、手を地面について春麗はそう言った。ぺろりと舌を出してはにかむ。 「よそ見してちゃいけないわね」 こんっと自分の頭を叩く。あぜ道にお嬢様といういでたちは何ともミスマッチングだが、夕暮れの太陽に照らされて輝くスパンコールや、より一層深みを増す黒髪は酷く魅力的である。頬を朱に染めて、紫龍が手をさしだした。 「ありがとう、紫龍」 戦士らしい無骨な手を取り、ぎゅっと握ると立ち上がる。 「ドレス、汚れちゃったかしら」 いつもなら気にしないが、今日は特別な日で、装いも特別なのである。パンパンとドレスの裾を叩くと、指先にチクッとした痛みが走り、 「痛っ」 と、声をあげた。手の平を見ると、中指に米粒よりも小さい傷ができている。恐らく・・・ 「転んだ時にできたんだな」 紫龍が覗きこみ、そう判断する。指の腹を押すと、ぷつっと待ち針のような赤い山ができた。 「ああ、そうやって押さないほうがいい」 そう言って、春麗の手を掴むと、ケガをした指先を口に含んだ。そのまま数秒。 「これでいい」 にこりと微笑むと春麗の指先を解放する。紫龍の言葉通り、血は止まっていた。 「指先くらいの出血だったら、口で圧迫止血できるんだ。昔、老師から教わった事がある」 確かにもうどれが傷跡だったか分からない。けれど、どれがケガした指かは分かる。何故なら、たった１本の指だけ外気にさらされてヒンヤリと冷たく感じるから。 「ありがとう、紫龍。でも・・・」 「でも、何？」 「教えてくれれば、自分でもできるのに」 春麗の意見にきょとんとすると、困ったように笑った。 「思いつかなかった」 夕暮れ時にでかけたと言うのに、もう空は星が我が物顔で光っている。老師も今頃は自宅に戻っているだろうか。食卓には老師の好きなホイコーローを作っておいたが、気に入ってくれるだろうか。今日来ている場所は、そう思わせるほど五老峰から遠い。雰囲気も、場所も。 「予約しておいた者ですけど」 紫龍が受け付けの人に話し掛けている。白龍楼はいかにも高級店といった佇まいをしており、客もめかしこんでいる。少なくとも、赤Ｔシャツにジーンズや、緑色のシャツに白サスペンダーなどといった客はいない。もしかしたら、自分たちは場違いではないだろうかと、無意識に頭の髪飾りに触れる。 「どうしたんだ？春麗」 自分と裏腹に、紫龍は随分と落ち着いているようだ。微笑みかける瞳には余裕がにじみ出ている。 「ううん、何でもないわ」 髪飾りから手を離す。背をピッと伸ばした初老の給仕が２人を席へと案内する。白龍楼はプライベートな空間を演出するため、個室制となっている。ほとんどが同じ作りだが、一番奥のいくつかだけは一面が窓ガラスになっており、美しい夜景が拝める。当然のことながら人気があり、そこを望む者は多いが、白龍楼は座席予約を採用しておらず、どこに案内されるかは全くの賭けであった。蛇足だが、座席予約を採用していない理由は、ここに来る客は大抵が大金持ちの為、大金を積んで勝ち取ろうとし、収拾つかなくなったことがあるからだという。 「こちらの席へどうぞ」 そんな二人が通されたのは、その夜景が見れる部屋であった。特別な日に特別の部屋で過ごせるとは、これも日頃の行いが良かったからかもしれない。給仕がスッと椅子を引いてくれる。紫龍を伺うと、目で、自分が先に座るといいと言ってくれた。春麗が座った後で、紫龍にも同じように応対してくれる。 「ご注文が決まりましたら、お呼びください」 チェーン店のように、ピンポーンと押す電子機械ではない。少々くすんだ金色の呼び鈴が、ちょこんとテーブルの隅に置いてあった。給仕は礼をすると静かに去っていった。 「今日は春麗の好きなものを頼んでいいから」 「いいの？」 「ああ、遠慮しなくていいよ」 テーブルの上に置いてある菜譜を開いた。 書かれている内容を見て仰天する。 「紫龍、た、高すぎない？」 料理自体は麻婆豆腐や餃子など割と皆に親しまれている料理が多い。けれど、単価がどれも２〜３倍は違う。 「今日は軍資金がたっぷりあるから、春麗は何も気にすることはないよ」 ポンッと自分の懐を叩く紫龍。そうは言っても、春麗はこういうものを頼む事に慣れていない。 「・・・じゃあ、餃子とラーメン」 謙虚さから、メニューの中から一番安いものを選んだ。 「ダメだ」 にっこりと一刀両断されてしまった。 「今日は春麗の誕生日だから、食べたいものを頼んでもらわなくては」 「そ、そうなんだけど・・・」 「メニューの上から下まで頼んでも大丈夫だから」 さらりと言うが、上から下までというと、軽く八万はかかる。本当に支払えるのだとしたら、いつ、どうやってそんな大金を手に入れたのだろう。 「紫龍、そんな大金どうしたの？」 「ん、沙織さんにアルバイトをさせてもらったんだ」 沙織に事情を話したら、あっさりと承諾してくれた。働くなら身近で融通が利くほうがいいと言う沙織の提案で、一週間ほど辰巳の代わりに秘書として働いたのである。スケジュール管理や力仕事など、生真面目な紫龍に向いている仕事で、勤務終了時には、『臨時なんて惜しいわ』と言わしめたほどであった。 「お嬢さんが気を利かせて、多めに給料をくれたんだ。だから、使ってくれた方が、お嬢さんも喜ぶし、俺も嬉しい」 「わかった・・・だったら・・・」 これと、これと・・・とメニューを指していく。指す度に紫龍が嬉しそうな顔をするのが、なんとも不思議だ。 「デザートにまっ茶のチーズケーキが欲しいんだけど・・・いい？」 「ああ、それは俺も欲しいから頼もうかな」 紫龍自身もメニューを決め、給仕を呼び注文する。飲み物はすぐ運ばれてきたが、料理は少し時間がかかる。乾杯は料理が来てからの方がいい。グラスの液面が減ることなく、秒針は刻まれていく。春麗が窓を見やると、ビルのネオンがキラキラと輝いていた。 「わぁ、キレイ」 「本当だな」 「たまにここへは来るけど、五老峰とは全然違うわね。五老峰でネオンなんて考えられないものね」 「五老峰の自然は雄大だからな。もしも、五老峰が開発されてライトアップされるようになったら老師はどうするだろう」 「もしかしたら引越すとか言い出したりして」 クスクスと春麗が笑う。 「あ・・・・」 テーブルクロスにコトンと髪飾りが落ち、ぱさりと黒髪が垂れる。ゆるく編まれていた髪がしゅるしゅると解けてしまう。 「さっき触っちゃったから・・・」 「春麗、ちょっと座ったまま動かないでくれ」 カタリと立ち上がると、春麗の後ろにまわる。垂れた髪を優しく掴み、指先にに絡ませる。絡ませた一房に人知れず口付けを落とすと、編みこみ始める。先ほどより細かく、丁寧に編んでいき、髪飾りで留める。 「これでよし」 満足げに頷く。窓ガラスにうっすらと自分が映っており、先ほどよりも複雑に編みこまれたらしいことが分かった。 「ありがとう紫龍。でも紫龍、いつ髪結いなんて学んだの？」 「お嬢さんが、紫龍は髪が長いから髪結いくらいできなくちゃって言ってね」 秘書の仕事には、ビジネスに合った服を用意する仕事もあった。スーツから一転パーティドレスになる日もあり、髪型もそれにふさわしいものにしなくてはいけない時があった。ヘアメイクを常時用意する手間が惜しく、長髪だからという無茶苦茶な理由で、紫龍に髪結いを覚えさせたのだった。その横暴とも言えることを、努力で体得してしまうのだから、沙織が手離すのを惜しいと言う気持ちもよくわかる。 「あ、料理が来たぞ」 給仕がほかほかと湯気の立ち上る料理を運んできた。紫龍も席に戻り、料理が並べられるのを待つ。 「前菜３種とスープでございます」 カタリとテーブルに料理が置かれる。ペコリと礼をすると給仕は去っていった。 「美味しそうね、紫龍」 「ああ。誕生日おめでとう、春麗」 「ありがとう、紫龍」 チンッという軽やかな音と共に、グラスの中の液面が揺れた。 「紫龍、これ美味しいわよ」 「本当か？」 「本当よ、飲んでみて」 春麗から紫龍へグラスが渡る。氷のように磨かれたグラスに口をつけ、コクンと嚥下する。 「本当だ、美味しいな」 運ばれてくる料理はどれも期待以上の味だった。美味しいと自然と二人で分かち合いたくなり、持っているものを相手に向ける。美味しいという言葉を共有し、微笑みあう。一人だけで味わうなんて、もったいない。 「こっちのまだ余ってる。取ってやろうか」 「うん、お願い」 使っている小皿を渡すと紫龍が自分の蓮華で料理を乗せる。 「これくらいでいいか？」 「ありがとう」 紫龍が春麗のをとることもあり、また逆もあり。料理は瞬く間に消えていく。給仕が空になった皿を片付けていき、ハッと思うともう食後の中国茶であった。 「ああ、もうおしまいなのね」 惜しそうにお茶を啜る。飲み終わってしまうと追い出されてしまうため、ゆっくりゆっくり口に運ぶ。 「紫龍、今日は連れてきてくれてありがとう。こんなに美味しい料理を食べたのは初めて」 「そう言ってもらえると、この店を選んだ甲斐があるよ」 「どこでみつけたの？沙織さんのオススメ？」 「いや、ここは俺が昔からいつかキミとここに来たいって思っていたんだ」 「昔から？」 「そう、昔から。大人の夢って感じかな。ほら、ここは店にふさわしくないと入れないから」 夜景が拝めるほど高くそびえる場所にある店。子供では入れない所。 「ずっと、見上げることしかできなかったけど、やっと、何とか自分の力で連れてこられるようになった」 身長も伸び、ドレスアップしても笑われなくなった。人に恥ずかしくない方法で金を稼げるようにもなった。白龍楼の高さには一生追いつくことはないけれど、見上げることしかできない小さな子供じゃない。 「キミと来れて、本当にうれしい」 それは単純に夢が叶ったということではない。願い始めた時から、自分と春麗の気持ちがずれる事なくここまで来れた事。生命が欠けることなく今日まで共に過ごせた事。今日この日を迎えられたのは、そんな色々な幸運が重なったからなのだ。 「誕生日おめでとう」 スッとテーブルに包装紙に包まれた小さな箱を差し出す。結ばれたピンクのリボンを解き、箱を開けるとネックレスが現れた。シルバーのチェーンに桜のペンダントトップがあしらってある、春麗に似合いそうな品だ。 「今日、ここで御飯を食べられるのだけでも幸せなのに、プレゼントまでもらっちゃっていいの？」 「もちろん」 その時の春麗の顔は、この上なく幸福そうであった。 「つけてもいい？」 「ああ」 ケースから慎重にネックレスを外すと首を通す。思った通り、春麗によく似合う。春麗はいとおしそうにネックレスに触れた。 「紫龍、大事にするわ。こんな幸せな恋人、きっと他にいないわね」 この白龍楼には沢山のカップルがいることだろう。けれど、そう思わずにはいられないほど、幸せな気持ちに満ち溢れている。 「これからも、ずっと一緒にいたいわ。紫龍」 「ああ、俺もだ、春麗」 少しずつ二人の顔が近づいていく。手を握り合い、瞳を閉じる。 ―――愛してる。 そう言ったのは、どちらなのか。窓の下では今日も未来のお客さんが見上げている。二人の姿は、そこからは見えない―――。 あとがき 春麗お誕生日おめでとう〜〜〜！！今までで一番あまあま小説です！！ 紫龍がこの上なくキザですね。今まではＣＬＡＭＰ部の小狼サクラが、キザ路線街道驀進中だったんですが（音色ちゃんが喜ぶようにと思って書いてるので、彼女の小狼より更にキザになってしまうのだ）紫龍も結構いけますね！！ 副題が４つのキスのテーマですからね！！キスの５つのお題をされているサイトさんを見て、『こういうの楽しそう・・・！』と思い、『よっしゃ！私は一つの作品の中で、何回キスができるかっ！』に勝手に挑戦してみました！ シチュエーション的にどう言う風がいいかな〜と考えて 指先のキス 髪へのキス 間接キス 直キス になりました★ 『うなじにキス』も良かったんですが、さり気なくうなじにキスって難しくて！！今回、うなじにキスは諦めました。はう〜、いろんなシチュエーションでのキスが想像できて楽しかったです〜。 もっと別な感じでもやってみたいっ！ しかし・・・カップリングが・・・！ うちの場合、紫春以外はふがいねえのばっかだぁ！ ジークだったら→ヒルダ愛用のハンカチにキス リアだったら→写真立てにキス ラダだったら→夢の中でキス とかになっちゃいそうだ（笑）体に近づけない・・・（涙） ハーゲンは案外このテーマいけるかもしれません。フレアが天真爛漫だから。ほっぺにキスとかは軽くクリアできそう。 白龍楼にふさわしい云々ありますが、紫龍が１４歳だってことは忘れてください。車田界的には１４歳は成人のようなものだとワタクシ思っております。 また別のシチュエーションで書けたらいいなっ★ 最後にもう一度。誕生日おめでとう〜春麗〜！！ |