愛しい人のかくれんぼ、そして秘密の青

それはまだ暑さもきつい8月の末のこと。城戸邸の入り口に、橙色のリボンで結われたブルーベリーの木が置かれていた。
「・・・爆弾とかじゃないよな？」
いぶかしんで葉をちょんちょんと触れるが、人工物ではないようだ。
「それにしても大きい木だな」
紫龍があまりの立派さに息をついた。そう、苗ではなく、木。芽をはやして数年という若木ではなく、十年は優に超えているだろう立派な大木である。（まあ、ブルーベリーは低木なので、大木と言っても、太さや高さは桜や梅などには到底及ばない）大木ともなれば、実も半端ではなく。
「すっげえ実の数。まだ実が緑のもあるぞ！これならジャムが大瓶いっぱいに作れるな！」
星矢が興奮する声をだす。
「いや、これだけあれば染物もできそうだ」
紫龍も星矢に負けず劣らず。突然の贈り物にしばらくは、胸躍らせていたが、ふと
「送り主は誰なんだ？」
と気づいた。それと同時に、受け取り人も。
「メッセージカードには瞬へって書いてあるけど」
ブルーベリーにそっと添えてあるメッセージカードには一言だけ、そう書かれていた。
「瞬へって書いてあるんだから、瞬に聞けばわかるかも。瞬が帰ってきたら聞いてみようぜ」
瞬は沙織のお供として外にでている。ボディーガード兼荷物持ちだから夕暮れには帰ってくるだろう。それが最善策だろうと二人はうなずいた。


「ただいま！」
きっかり五時に瞬は帰ってきた。有意義に過ごせたらしく、身のこなしは軽く表情は明るい。
「おかえり瞬！」
やっと聞きたい主が帰ってきた。星矢がさりげなさを装い本題に入る。
「なあ瞬！お前宛にどこからかブルーベリーの木が送られてきたんだけど、心当たりあるか？」
瞬はほんの少々きょとんとしていたが、現物を見るとみるみるうちにこぼれるほどの笑顔に変わった。
「兄さんからだ！」
「兄さん！？」
即答！？びっくり仰天とはこのことである。
「何で一輝ってわかるんだよ」
「そりゃあ、僕は兄さんの弟だもの」
それをいうなら、俺たちだって一輝の弟なんだけどなっ！と心の中でツッコミをいれた。
「根拠がないわけじゃないよ。このメッセージカードの筆跡は間違いなく兄さんのだから」
兄貴の筆跡覚えてるのかよ！？せいぜい誕生日と血液型くらいがいいとこの兄弟三人はまたもツッコミをいれた。
「それにブルーベリーを送るなんて兄さん以外に考えられないし」
それまで自慢げだった瞬が、明らかに声音をやわらかくし、何かをかみ締めるように、愛おしむように言葉をつむいだ。
「一輝とブルーベリーって何か関係あるのか？」
氷河の質問に、数拍考えた後
「内緒」
と優しい微笑みを浮かべた。
「それじゃこれ生けてくるね」
瞬が実を落とさぬようブルーベリーを抱え、踵を返したとき、何か思い出したように振り返った。
「ねえ、これに伝票ってついてた？」


「わぁ、たくさん実がなってる」
幼子が嬉しそうに声をあげた。
「いくつか持って帰るか。何、こんなにいっぱい生ってるんだ。わかりゃしないだろう」
なかなか大胆な少年はぷつぷつと実をもぎ始める。
「まだ緑色の実もあるね」
「ん、それはまあそうだろうなあ。今年は天候も悪かったし、育ちにもばらつきがあるだろう」
「へえ、そうなんだ」
兄の知識に感心したような声をだす。兄はそんな弟を見ながら、何か考えたようだった。
「同じ木、同じ枝でも全て同じ時に実がなるわけじゃない。こんな風に遅いやつもいる。お前は全部一斉に実が生らないと嫌か？」
「ううん！実が生るのが遅くても、摘む楽しみが長く続いていいじゃない」
「・・・・人間も同じだぞ」
「え？」
「人間だって、遅咲きの奴もいる。人より少し遅れてるからってそれで引け目を感じる必要はない。どんな人間だっていつかは花が咲く。花が咲けはいつかは実がなる。人間だけが一斉に結果をださなければいけないなんてそんなことはない」
少年は弟の手をさすった。生傷の跡がまだ痛々しい手を。
「ほら、食べてみろ」
少年が幼子の口に実をさしだす。幼子は小さな口をちいさくあ〜んと開けた。
「・・・どうだ？」


さんさんと太陽の光がさしこむ。あくび一つすると、瞬はパジャマを脱ぎ、服を着替えた。花瓶には葉が茂りに茂ったブルーベリーの木が飾られている。瞬は枝を覗きこむと昨日は完熟していなかった実が青紫色に色づいていることに気づいた。ぷちんと実を摘む。
「おいしい」
甘酸っぱい味が口に広がる。少々種が舌にさわるが、それは天候不順だった為だろう。
「とってもうれしかったですよ、兄さん」
コンプレックスの塊だった自分にとってあの言葉でどれだけ救われたか。
「それにしても、兄さんって人は律儀なのか何なのか・・・」
ふぅと軽く嘆息する。ブルーベリーの収穫時期がギリギリ終わってしまうからってプレゼントだけは先に渡しておくなんて。これでは誕生日が来るまでじりじりした思いで待ち続けなくちゃいけなくなる。
「ブルーベリーで心落ち着かせろってことかなぁ」
瞬の鼻腔を香ばしい匂いがくすぐった。しばらくはブルーベリーを使用することを前提とした料理が並ぶだろう。
「でも、ブルーベリーは視力をよくする効果もあるんですからね」
視界に一瞬でも入ろうものならすぐに捕まえてやる。
「お〜い飯だぞ！」
星矢が呼びかける声がドアの向こうから響いた。
「は〜い、今行くよ〜！」
大きな声で返事をし、瞬はドアを開ける。
「あ〜あ、こんな時別荘とかそういうのがあれば、すぐに突き止めてやるんだけどな」
瞬の脳裏には星矢のヨットハーバーが浮かんでいた。９月９日の瞬の誕生日まであと一週間と少し。それまで愛しい人のかくれんぼは続く。


あとがき
瞬の誕生日小説です！去年に引き続き、ブルーベリーネタです！何故ブルーベリーネタなのかというと、瞬の誕生日小説のネタを考える季節とブルーベリー収穫の時期がほぼ一緒だからです。今年は５月頃に雨が大量に降ってしまったため、豊作のはずが微妙に不作；やはりからっと晴れる５月ごろに雨にやられると実が小さく、種が大きくなってしまいます。実が収穫できる時期もおおよそ一ヶ月ほどずれました。海の日あたりには収穫できるはずが、収穫できたのは８月の頭くらい。今これを書いている８月の２０日あたりが収穫のピークです。自宅のブルーベリーの様子を見るに今年は野菜が高そうです。うう、困るなあ。さて、瞬誕小説いかがでしたでしょうか。いつもとはほんのちょっと違うミステリチックな感じにしてみました。瞬も久しぶりにジリジリした感じになったみたいです。これで９日ギリギリに帰ってきたら大惨事になるんでしょうね。ちなみにブルーベリーの花言葉は思いやり。もう一つの意味は幼い恋だったりします。う〜む、そっちの意味は氷河にあげた方がいいのでしょうか。


BY　　MUTUMI