覚悟の扉


それは、天蠍宮にてミロの誕生日パーティを行っていた日のことだった。料理をたくさん食べて、幸せいっぱいとばかりにミロはソファにどっかりと座った。
「今日はありがとな、俺の誕生日祝ってくれて」
「お前が楽しんでくれたなら何よりだ」
ボトルに残っているワインをグラスに注いで、ちびちびと飲む。
「次はカミュの誕生日だな。俺、絶対祝ってやるから」
「期待しないで待ってる」
人が聞けば冷たく聞こえるカミュの声。だが、それは、飾らない、ありのままのカミュをさらけだしているということだ。心を許していない人間にそんなことはできない。ミロは微笑んだ。
「カミュ、俺もまだ飲みたい。そのワイン、まだある？」
カミュはワインを手渡した。グラスに注ぐのが億劫なので、瓶に直接口をつけて飲む。
「行儀悪いぞ」
「まあ、いいだろ」
ため息はつくが、それ以上の小言はもらさなかった。じっとミロはカミュを見た。端正な顔立ち。その顔が崩れることは滅多にない。常に冷静な彼の心の内は、ミロですら一部しか垣間見たことがない。迷宮のような心。
「なあ、カミュ・・・・？」
だから、ほんの少し聞いてみたくなった。
「なんだ？」
「もし、俺が聖域を裏切るって言ったらどうする？」
軽い悪戯心かもしれない。もしくは、試しているのかもしれない。とにかく、ぽろっとでた言葉だった。カミュはグラスを置いて数秒考えた後、こう言った。
「ミロがそうしたいなら、そうすればいい」
淡々と言った。
「え？」
「私は止めない。好きなようにすればいい」
どういう言葉を期待していたのだろうか、ミロは思いもよらない言葉にショックを受けた。
「止めてくれないのか？」
「何で止めなくちゃいけない」
なおも淡々というカミュにミロは激昂して立ち上がった。
「味方が裏切ろうとしてるんだぞ。味方なら止めるだろ！」
初めて、カミュの表情が動いた。きょとんとした表情になった。
「カミュにとって俺はどうでもいい相手なのか？裏切っても構わない男なのか？」
涙が溢れそうになった。カミュははぁと軽くため息をつくとミロの側にやってきた。
「本当にわけがわからない男だな、お前は。一回解剖してどういう思考回路になっているのか見てみたい」
「うるさいな！」
「ミロが、私が止めて言うことを聞くような覚悟で物事を決めるわけがないだろう」
興奮した心が冷めていくようだった。呆然とするミロに、カミュは座るように促す。
「ここは戦場だ。生きるか死ぬかの世界だ。誰かに止められたから意見を覆したり、後押しされて意気ごんだりする奴など愚の骨頂だ。頭のいい奴の捨て駒がいいところだ」
「・・・・・・」
「お前が裏切るというなら、それは、お前にとって最善だということなんだろう。私には見えないものがお前には見えているということだろう。そんなお前に何を言う必要がある。お前はお前の信じた道を進めばいい」
ミロは思い出した。ハーデスの走狗と成り果て、戻ってきた時のことを。心は聖闘士だったとしても、選択としては間違いなく裏切りだった。同士討ちも厭わぬ覚悟は、どんな言葉も決して届かない揺るぎないもの。あの時のカミュの姿は今のセリフそのままの姿。
「せっかくの誕生日にこんな話してもしょうがないだろう。この話は終いだ」
ソファから立ち上がることで、話の終了を表した。軽くあくびをして時計を見た。時は夜の1時半を刻んでいた。
「さすがに眠くなってきたな。そろそろお開きにして帰るとするか」
散らかった空き瓶を片付け始める。といっても、横になってる瓶を縦にするくらいだ。本格的な片付けは夜が明けてからだ。
「じゃ、ミロ、誕生日おめでとう」
「ありがとう。今日はヘンな事聞いてゴメンな」
「今に始まったことじゃない。それじゃまた、朝来るから」
カミュはマントをひるがえして宝瓶宮へと戻っていった。ミロもあくびを一つすると、シャワーも浴びずにベッドにもぐりこんだ。

夢を見た。

その迷宮には沢山の扉があった。まわしてみたが、カギがかかってて開かなかった。たった一つだけカギがかかってない扉があった。その部屋は誰よりも熱い魂を持っていた。その魂をミロは尊敬してやまなかった。大好きでたまらなかった。ミロは膝を折って、一言言った。ごめんと。



あとがき
ミロ誕〜〜〜か、な？ハッピーハッピーって感じじゃないですね。シリアスに書きたかったんですよ〜〜。楽しんでいただければ幸いです。

ＢＹ　ＭＵＴＵＭＩ