アイオロス誕

夢みたものは、遠い未来の小さな願い

「兄さん、ちょっといいか？」
良く晴れた日の昼下がり、弟のアイオリアが人馬宮にやってきた。
「ああ、どうしたんだ？」
兄はダンベルで筋肉増強の真っ最中だった。ちなみに、すぐ脇の机には、書類が山積みになっている。
「今日の夜、一緒に飲みに行きたいなと思ってるんだけど、どうだろうか？」
「ああ、いいな。俺もちょうど飲みに行きたいと思ってたんだ」
もしも、書類がしゃべることができたなら、きっと、シクシクと涙を流すだろう。あの中には、今日が期限のものもあるのだ。ちなみに、サガがその場にいたら、烈火の如く怒るだろう。
「よかった！！じゃあ、どこに行きたい？」
「え、お前が行きたいところがあるんじゃないのか？」
「いや、俺は特には。兄さんは行きたいところはないのか？」
そう言われ、アイオロスはダンベルを持ち上げるのを止め、考えた。数十秒考えて、明るい笑みでこう答えた。
「じゃ、昔よく行った、でっかいオリーブの木がある、あそこで」
「うん、わかった。予約しとく」
「え、そこまでしなくても」
「念には念をいれておかないと。入れなかったら大変だし」
アイオロスは眼をパチクリした。たかが兄弟の食事で予約をするほどのことだろうか。
「・・・・・あ・・・・」
アイオロスは、ある可能性を思いつき、心の中でニンマリと笑った。
「ああ、そうだな。予約した方がいいよな。うん。正装していくよ」
「本当か。それはうれしい」
「俺はお前の兄さんだぞ。お前に恥をかかせるようなことするものか」
「じゃあ、七時に予約しておくから店で集合な」
「おう！！」
爽やかな笑顔を疲労するアイオロス。アイオリアは安心したような顔をして、宮を降りていった。
「いや～～、アイオリアも大人になったんだなあ。うれしいような寂しいような」
そういう表情も、うれしさと寂しさが半々になったような顔をしている。
「よし！！じゃあ、きちんと仕事しないとな！！サガに怒られて参加できないなんてそんな未来、嫌だからな」
ダンベルをテーブルに置き、代わりにペンを持つ。本気になれば、アイオロスは無敵だ。山積みになった書類はあっという間に処理されていく。
「アイオロス、貴様、まさかと思うが筋トレしてサボってないだろうな」
「まさか！！」
日が傾く頃、心配してやってきた・・・いや、監視にきたサガに、自信マンマンにアイオロスは机を見せた。
「確認しててもらえるか？俺はその間にシャワー浴びてくるから」
コリをほぐすように肩をまわすと、アイオロスは脱衣場へと消えた。間を置いて、シャーッと水音が聞こえ始める。サガはそれをBGMに書類を確認し始めた。巧みに指を使い、素早く確認していく。
「サガ～～、どうだった～～？」
１０分後、ホカホカと湯気をたてながらアイオロスがやってきた。ガシガシと濡れた髪をバスタオルでぬぐっていく。
「完璧だったぞ。どこも間違いはない」
「よしっ！」
まるで最初から確信していたように、アイオロスがガッツポーズをした。
「どうしたんだ。こんなこと初めてだぞ」
「今日、これからアイオリア達とメシ食べるんだ」
「・・・・・ああ、なるほど。じゃあ、遅れるわけにはいかないな」
「そ！！アイオリアに恥かかせるわけにいかないからさ！！」
体の水滴をぬぐった後、クローゼットからワイシャツとスーツを取り出し、身に纏っていく。
「ふうん、スーツで行くなんて珍しいな。ズタ袋みたいな修行服で行くのかと思った」
「そんなわけにはいかないだろ」
手慣れた様子でネクタイを結んでいく。見る見るうちに、美形のビジネスマンになっていく。この姿でアテネを歩いたら、誰もが振り向き、声をかけられるだろう。
「楽しんでこいよ」
「ああ、今日は家族が増えるかもしれない日だからな。じゃ、行ってくるよ！！」
最後の一言にサガはおかしな顔をしたが、踵を返していたアイオロスは気づかなかった。
「・・・今日って・・・誕生日じゃないのか？お前の・・・」
懐にはリボンが結ばれた小箱があった。中身は浄化作用のある、水晶の握り玉。そっと机の上に置いておく。帰ってきたら気がつくだろう。
「・・・・・何か、勘違いしていなければいいけど」
不安を感じながらも、小さくなっていくアイオロスを見送った。

「兄さん！！」
アイオリアが手を振る。どうやら、先に来て待っていたらしい。その店は、大きなオリーブの木が自慢で、座席からオリーブを見上げるのが最高のロケーションになっている。
「早かったな、アイオリア」
「俺が遅れるわけにはいかないから」
ニコニコとうれしそうである。アイオロスはアイオリアの対面に腰掛けた。
「・・・・・ん？」
アイオロスは眉をひそめた。この座席は２人用だ。
「アイオリア、今日はもう一人いるんだろう？」
「え、いないよ」
アイオリアがキョトンとしながら答えた。
「なんでだ？」
アイオロスも同じようにキョトンとしながら聞いた。その顔はまるで双子だった。
「いや、今日は兄弟水入らずで祝いたいと思ったから・・・」
「ああ、なるほど。それもありかもしれないな。２人きりの方がツッこんだ話もできるだろうし。今日は俺のおごりだ。何でも好きなものを頼め」
「いや、それはおかしいから。今日は俺のおごりだから」
「はは、弟の方が先を越されたからって兄さんであることには変わりないんだから。どーんと甘えていいんだぞ」
何かが食い違っているとアイオリアは気づき始めていた。今日は誕生日を祝おうと思って、店を予約したのだ。だが、何かズレている。
「・・・兄さん、ちょっと聞きたいんだけど、先を越されるってどういう意味だ？」
確かに誕生日で言えば、アイオリアの方が早く迎えるから、強引に解釈すれば間違いではない。けど、普通そんな風に使ったりしない。そんなアイオリアの思惑に、アイオロスはあっけらかんと笑って言った。
「そりゃ、お前が先に結婚することだろ！」
「は、はいいい！！？」
「いや～、そんな歳になったんだ、お前も、ちょっと早い気がするけど、愛に年齢は関係ないよな。相手は誰だ？あの日本人の白銀か？」
目をキラキラさせて矢継ぎ早に質問してくるアイオロスに、アイオリアは目眩を覚えた。確かに恋はしているが､まだ『片想い』なのだ。結婚なんて夢のまた夢である。
「に、兄さん・・・やっとわかったよ・・・」
「え、何がわかったんだ？」
「兄さん勘違いしてる。今日は俺の婚約祝いのパーティじゃないよ」
「は？だったらなんだって言うんだ？」
この段階になっても気がついていない。まさか、この性格で全て演技ってわけでもないだろう。アイオリアは襟を正して、言葉を紡いだ。
「誕生日おめでとう、兄さん」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした兄に、アイオリアは頬をゆるませた。
「全然気づいてなかったんだな、兄さん」
「・・・今日はそうか。１１月３０日か」
呆然とアイオロスは呟いた。興奮した気持ちがサーッと消えていき、代わりに、言いようもない温かい思いが心を満たしていく。
「すっかり忘れてた」
「兄さんらしいよ」
「生きてる時間より死んでる時間の方が長いからなぁ」
アハハと笑い、頭をかく。
「予約までして食事したいっていうから、てっきり、アイオリアが結婚したい女性を紹介してくれるんだと思ったよ」
「それは・・・まだ先になりそうだよ」
自分で言って何だか暗い気持ちになる。勇ましい鷲が振り向いてくれるのは、いつになることだろう。
「そっか、だったら正装してくる必要もなかったな～」
「誕生日パーティなんだから、していいんだよ」
「ほら、気合が違うだろ？」
アイオロスがネクタイを少しだけ緩めると、肩の力が抜けていく。どうやら、結構気を張っていたらしい。
「ありがとな。俺の誕生日を祝ってくれて」
「この世でたった一人の兄さんだから」
「本当、うれしいよ。ありがとう。ありがとな」
感謝の言葉を２度繰り返した。愛おしさが凝縮されたような言葉だった。笑みは、アイオリアにしか見せない兄貴の表情で。
「俺、夢を見たことがあるんだ。いつか、アイオリアと一緒に酒が飲めたらって」
「もう叶えられる。俺はもう大人だ」
「ああ、そうだな」
コルクでできたメニューの表紙を開く。パラパラとめくり、酒のページで手を止める。
「今日は、お前のおごりなんだよな？」
「もちろん。どんな高いものだって大丈夫だ」
アイオリアが力強い発言をする。アイオロスは店員を呼ぶと、グラスを２杯頼んだ。
「なに頼んだんだ？」
「ま、来るまで待て」
楽しげな顔をさせてアイオロスは言った。しばらくして、店員がグラスを運んできた。
「お待たせいたしました」
カタンと２杯のグラスがテーブルに置かれる。そのグラスにアイオリアは瞠目した。
「これ・・・・・」
「そう、この店で有名な１２星座のカクテルだ。あの頃は飲めなかったもんな、お互いに」
心が一気に過去へと遡っていく。修行をした後、ここで良く御飯を食べた。ガツガツと美味しそうに口を頬張らせるアイオリアを、いとおしく思いながらギリシャコーヒーを飲んでいた。メニューには、今と変わらぬ１２星座のカクテルのリストがあった。メニューとアイオリアを交互にみつめながら、ずっと思っていた。
「いつか、お前が大人になった時、一緒に飲みたいと思ってた。今日、叶えられるな」
ツイ・・・と細いグラスの柄をつまみあげる。それに続いてアイオリアも。
「誕生日おめでとう兄さん」
「ああ、ありがとう。これからは黙って死んだりしない」
「誕生日に言うセリフじゃないよ、兄さん」
アイオリアが困ったように笑い、グラスを鳴らした。
「美味い、こんな美味い酒は飲んだことない」
「うん、俺も」
喉を潤す酒は、甘露で・・・そして、少しだけ大人の苦さがあって。
２人の過ごしてきた時間と、過ごせなかった時間を表しているかのようで。
「酔いつぶれたら、背負っていってやるからな」
「それは俺のセリフだよ」
あっさり空になってしまったグラスを前に、２人が笑う。

夢みたものは、遠い未来の小さな願い。
辿り着いて、夢を叶えて・・・そして、

「・・・・・このバカ。限度を考えろ」
ブツブツいいながら、右肩にアイオロス、左肩にアイオリアを抱えてサガが十二宮をのぼっていく。
「ったく、店主から連絡を受けたときはあきれ返ったぞ」
２人の表情を見ると、仕方ないといった表情で苦笑した。
酒臭い兄弟は、コンコンと眠りについていた。

幸せすぎて、今は何も見えない―――――。

あとがき
アイオロス誕生日おめでとおおお！！むつみさん、頑張ったよ～ん。
今回は兄さんとリアの兄弟話ｖｖしっとりした感じに仕上げてみましたｖｖ
もう、胸キュンキュンですよ、ロスのリア溺愛っぷりにはｖｖ
兄バカ全開でいてほしいものですな！！
ロスリア兄弟に幸あれ！！

BY　　MUTUMI